菊花双雀文鏡(荒久B)

更新日:2022年04月18日

菊花双雀文鏡(きくかそうじゃくもんきょう)

円形で色は青緑色と茶色のまだらで、よく見ると秋草の間に花開く菊を配し、二羽の雀を遊ばせた模様の和鏡

出土地

荒久遺跡B地点

遺跡所在地

国分寺台・惣社(こくぶんじだい・そうじゃ)

遺構

土壙墓

時代

平安時代末期(12世紀後半)

解説

 この種の鏡は日本流のデザインから「和鏡」と呼ばれています。和鏡は平安時代の国風文化の一つとして成立し、デザインを変えながらも、江戸時代まで使われ続けました。
 ここで紹介する鏡は、図柄に平安時代の雰囲気を残すことから、製作年代は平安時代末期、12世紀後半ころが中心と考えられます。
 図柄は、秋草の間に花開く菊を配し、二羽の雀を遊ばせるものです。
大きさは、直径98.3ミリメートル、厚さ1.2ミリメートル、縁の高さ4.3ミリメートルで、重さは84.5グラムあります。
 この鏡は、土壙墓(どこうぼ)と呼ばれる墓穴から出土しました。土壙墓の底近く、革袋に入れられた状態で発見されています。鏡の上と周囲には5枚のカワラケ(土師質の小型皿)が置かれており、水晶でつくられた数珠玉も11点見つかっています。
 鏡の埋葬から、女性の墓であった可能性が高いといえます。鏡と水晶数珠は、葬られた女性が生前に愛用していた品と考えられます。彼女はある程度裕福な環境で暮らしていたのでしょう。
 遺跡は上総国分僧寺の寺院地に接していますので、墓も中世前期の上総国分寺と関係があったのかもしれません。

 詳細は下記関連リンク「市原市文化財センター・刊行物PDF」内の市原市教育委員会2011年『市原市荒久遺跡B・C 地点』をご覧ください。

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