石皿・磨石(祇園原貝塚)

更新日:2022年04月18日

石皿・磨石(いしざら・すりいし)

赤い布が敷かれていて、石皿の上にはどんぐり6個と丸い石1個、カゴの中には胡桃がたくさん入っている写真

出土地

祇園原貝塚(ぎおんばらかいづか)

遺跡所在地

国分寺台・根田(こくぶんじだい・ねだ)

時代

縄文時代後期

解説

 ものを砕いたり、すり潰したりするための道具で、主にドングリ・クルミなどの堅果類や山芋などの根茎類を加工するために使われたと考えられています。堅果類や根茎類は栄養価が高いうえに、狩猟や漁撈に比べて安全で確実に手に入れることができるので、盛んに利用されたことが考えられ、祇園原貝塚からも土坑(穴)に捨てられたオニグルミの破片が多数見つかっています。堅果類が製粉されたことを示す資料としてよく取り上げられるものに、いわゆる縄文クッキーと呼ばれるものがありますが、クッキー状やパン状、あるいは土器を使って粥状にして食べられたようです。
 近年、埋葬された人骨の分析を行うことによって、そのひとがどのような食べ物から栄養を摂取していたかがわかるようになってきました。この成果からは、市内に暮らした縄文人たちは、あれだけ大きな貝塚を残したにもかかわらず、実際には陸上の資源から多くのエネルギーを得ていたことがわかりました。

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