015上総国分僧寺跡の土坑出土鉄鏃について
櫻井敦史
遺跡所在地
国分寺台・惣社
時代
10世紀末から11世紀前葉
円形土坑から鉄鏃を発見
上総国分僧寺の伽藍地境界北辺には、直径1.5メートル未満の円形土抗がちらほら分布しています。これらのうちの1基、1487円形土抗から、興味深い遺物が発見されましたので、紹介いたします。
1487号土坑は、長軸145センチメートル、短軸134センチメートルで、ほぼ円形の穴です。深さは96センチメートルあります。
遺構を埋めていた土は、周囲の自然層である関東ロームがブロック状に混入するなど汚れているので、長時間かけて自然に埋没したものではなく、人の手によって埋め戻されたように思えます。
土坑の形状や埋没状況から、人を葬った墓穴、土壙墓(どこうぼ)と想像されますが、鉄器や土器の埋納から、祭祀などを行った跡の可能性もあります。

1487円形土坑
出土鉄鏃について

発見された鉄鏃は、両刃の中央に鎬(しのぎ)を造らない平根鏃と呼ばれるタイプで、鍛造品です。刃の焼き入れの有無はわかりません。このタイプの鏃を装着した矢は、細長い尖矢(とがりや)よりも殺生能力が上回ったようです。
矢の用途としては、戦闘や狩猟を中心に思い浮かべがちですが、儀礼や呪術などにも使われていました。矢が魔除けなどに広く利用されていたことは、『粉河寺縁起』や『彦火々出見尊絵巻』などの描写からもわかります。
さて、遺構の観察から、この鏃が人為的に埋められた可能性が出てきました。
いったいいつごろ埋められたものなのでしょうか。
いっしょに発見された7点の土師器(はじき)には、下に記した特徴があり、年代を知る鍵となりました。
- 径10センチメートル以下に小型化しており、土師器としては新しい。
- 中世前期カワラケの特徴になる体部の屈曲も、すでに認められる。
- ロクロから切り離す際に「静止糸切り」と呼ばれる技法を使っているが、西上総では11世紀後半期を中心に類例が多い。
- ただし10世紀後葉まで供膳の中心だった杯(つき)のスタイルを縮小したものであり、11世紀後葉頃に普遍化したと思われる小皿よりは古く見える。
- 小型の杯・皿類は、11世紀後葉ごろから底部が突出してくるが、当遺構出土例はそれほど顕著ではない。
これらの特徴により、10世紀末から11世紀前葉を中心に消費された器と考えてよいと思います。
この時代は、ちょうど古代から中世に変わりつつあった、時代の一大転換期にあたります。

1487円形土抗出土の遺物群
中央が鉄鏃。小型の土師器杯・足高高台土器がいっしょに出土した。

特徴的な土器群。向かって左端の小型杯は静止糸切り。体部を段ナデしている。
遺構の性質と歴史的背景
これらの遺物群はどのような経緯で埋められたのでしょうか。
まず土器群ですが、遺構を土壙墓と考えた場合、死者に供えられた器と言えそうです。
何らかの祭祀跡だった場合は、お祭りに用いた器を埋納したことになりますが、すべて欠損していることが気になります。使用直後の埋納であれば、完全な形に復元されるものと考えられます。一部の欠損は、むしろ一定期間野ざらしになっていた状況を彷彿とさせるものです。これらは遺構を覆った土の比較的上の方から発見されているようですので、埋まり方からしてもこの考えと矛盾ありません。
この点から察する限りにおいては、祭祀としての使い方よりも、土壙墓に供えられた可能性の方が高いように思えます。もし当遺構が土壙墓であれば、寺の伽藍地外郭付近に見られる同じような形の土抗も土壙墓の可能性が高まりますので、11世紀の段階では、旧来の伽藍地境界の北側を墓域に利用したということになります。
当遺構が土壙墓だった場合、なぜ鏃が入ることになったのでしょうか。
中世の埋葬では、刀子や腰刀などの小型刀剣類を副葬する例が多くありますので、刀子の代わりに鉄鏃を利用した可能性があります。矢には魔除けの効力があると信じられていましたから、充分にあり得ることです。
あるいは、矢によって絶命した人の埋葬を示す可能性もあります。鏃が体内に残った遺体を埋葬した結果、遺体は分解消滅し、鏃のみが発見されたのかもしれません。
鏃を埋葬時に入れたのか、遺体に刺さっていたのか、興味深い問題ではありますが、鏃の発見状況がわからないため、謎と言わざるを得ません。
この時代は世情が不安定でした。長保5年(1003年)には平維良(たいらのこれよし)の乱、長元元年(1028年)には平忠常(たいらのただつね)の乱がおこり、上総国府をゆるがしています。
国分寺僧もこれらの争いに巻き込まれることがあったのかもしれません。
今回紹介した鏃は、中世的な戦争技術が確立したころの武具としても貴重です。
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更新日:2022年04月18日