016荒久遺跡C地点の温石について

更新日:2022年04月18日

北見一弘

遺跡所在地

国分寺台・惣社

時代

奈良・平安時代

 荒久(あらく)遺跡C地点は、市原市の臨海部に近い台地上に造られた、国分寺台区画整理事業地内に所在した遺跡です。上総国分僧寺跡の寺院地外郭溝東辺部に接する集落跡で、調査時点では北アラク遺跡と呼称されました。
 ここでは、この遺跡から出土した温石(おんじゃく)と呼ばれる石製品を紹介します。

 『温石』を辞書で引くと、「焼いた軽石を布などに包んで体を温めるもの…」と出ています。これによれば、温石とは現代の懐炉(かいろ)に近い暖房器具だと分かります。

全体に褐色がかった薄い緑色でやや扁平の長方体で面取りがなされている温石の写真

 荒久遺跡C地点で出土した資料を見ると、一部に欠損と割れがあるものの、完形に近い状態です。形状は、やや扁平の長方体で、13.7センチメートル×11.0センチメートル×4.9センチメートルを測り、稜線の全てに幅3ミリメートルほどの面取りがなされています。全体に褐色がかった薄い緑色で、まるで緑の綿を練りこんだような細かい縞が入ります。石材鑑定の結果、蛇紋岩であるとわかりました。目を近づけるとこすれたような微細な傷が無数にあることに気付きますが、これは使用痕と考えられます。これと矛盾するようですが、研磨された表面は光沢があり、調査当時(昭和49年)の所見で「飾り台」としていることも頷けます。また、上記にある「焼いた…」に該当するような被熱による変色・剥離は認められませんので、直接焼くのではなく、水に入れ沸かすなどしたのでしょうか。重量は1.7キログラムを量り、携行したとは考えにくい重さです。

全体に褐色がかった薄い緑色で、やや扁平の長方体で面取りがなされている温石の角部分の拡大写真

 このような形状・材質・重量の温石は奈良・平安時代にみられますが、出土例は少なく、千葉県内では荒久遺跡のものも含め、6例ほどが確認できるにすぎません。
 仮にこれらを古代の温石とすると、使用方法は少し現代のカイロとは異なりそうです。
 実はこの古代の温石は、暖房器具としてよりも、暖めることで患部を治療する、医療器具として機能したと考えられています。さらに、使用者は僧侶が想定されており、仏教関連遺物として扱われています。

竪穴建物から出土し、まだ土に埋まった状態の温石の写真
竪穴建物から出土し、まだ土に埋まった状態の温石の拡大写真

 では古代に対し、中世〜近世の温石はどのようなものでしょうか。
 他県の出土例も含めてみると、形状的な特徴では、厚さ薄くなり、幅狭で、細長くなる傾向があるようで、素材も滑石のものが多を占めるようになります。また、孔を一箇所開けているものが多く、紐を通して携行していた姿が想定できます。これらは、鎌倉を拠点に流通していたとの指摘もあり、より一般的な使用が伺えます。この段階になると、現在我々がイメージするカイロに近い使われ方が考えられるのではないでしょうか。

 荒久遺跡C地点の温石は、上総国分僧寺の寺院地内ではなく、寺院地に近接した竪穴建物跡で出土しています。古代の温石の使用を僧侶との関係で考えた場合、なぜ、このような場所から出土したのか疑問が生じます。先にあげた県内の出土例6件全てが、竪穴建物跡から出土していることも関連があるのかもしれません。
 この問題は、温石の使用状況のみならず、国分僧寺と荒久遺跡C地点を含む周辺集落との関係を考える上で有効な情報を含んでいると考えています。

参考文献

  • 村田六郎太ほか『谷津遺跡』千葉市文化財報告書第10集 千葉市教育委員会発行 1984年
  • 笹生 衛・豊巻幸正『永吉台遺跡群』財団法人君津郡市文化財センター発掘調査報告書第12集 財団法人君津郡市文化財センター発行 1985年
  • 大野康男ほか『八千代市白幡前遺跡』千葉県文化財センター調査報告書第188集 財団法人千葉県文化財センター編集 1991年
  • 武藤健一ほか『埋(まい)やちよ No.3』八千代市教育委員会生涯学習部社会教育課文化財係発行 1998年
  • 朝比奈竹男・宮沢久史『千葉県八千代市上谷遺跡(仮称)八千代カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書II第2分冊第』八千代市遺跡調査会発行 2003年
  • 朝比奈竹男『千葉県八千代市上谷遺跡(仮称)八千代カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書II第3分冊』八千代市遺跡調査会発行 2004年
  • 糸原 清「仏具と仏教信仰」『千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)』県史シリーズ12 千葉県発行 2004年
  • 『広辞苑』岩波書店 2008年

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