片又木遺跡(縄文)

更新日:2022年04月18日

縄文時代早期後半

片又木遺跡 かたまたぎ

 片又木遺跡は、昭和57年に泉台団地の造成にともない、発掘調査を実施しています。その後、携帯電話鉄塔(2次)や道路建設(3次)などのたびに、調査がなされてきました。周辺は東関東自動車道建設に先立つ発掘調査事例が多く、旧石器時代、縄文時代早期後半及び中期後半の遺跡が広範囲に広がっていることがわかっています。
 片又木遺跡3次調査区では、平安時代末〜鎌倉期後半にかけての大規模な寺院跡とみられる遺構や鍛冶関連の遺構が見つかったことでも知られています。

1号炉穴の遺物の大きい土器片は炉穴の燃焼部から出土している擦痕調整の無文土器の写真

1号炉穴の遺物出土状況 北から
大きい土器片は炉穴の燃焼部から出土しています。擦痕調整の無文土器です。条痕を多用する直前の擦痕調整とその器形が、子母口式期の特徴を示しています。

 縄文時代関係では、早期後葉の始め頃の炉穴(ろあな)が30基ほどみつかっています。竪穴住居跡は1軒のみ確認できました。明確な竪穴住居を持たないけれども、炉穴(屋外の細長い土坑の中で火を使って調理等を行った痕跡)を数多く作るというライフスタイルは、この時期に特徴的なものです。竪穴住居跡には、屋内炉がいくつかありました。これは炉穴を調理の場と考えると、照明や維持修繕などその他の目的で火を炊いたのかもしれません。
 出土する土器は、貝殻条痕文と呼ばれる、貝殻の凸凹部分で擦った痕をもつ土器が出始める頃の時期です。市域では、その前の沈線文系と呼んでいる縄文時代早期中頃の時期の遺跡はとても少なく、条痕文期におよんである程度人々が定着を始めたとみられます。つまり片又木遺跡は、そのなかでも早い段階に生活が始まった地域なのです。子母口式期と呼ばれるその時期の土器がみつかる遺跡としては、今富の大作頭遺跡とともに、市域を代表する遺跡です。

寺島博1984年『市原市片又木遺跡』財団法人市原市文化財センター調査報告書第3集
小橋健司2000年『市原市片又木遺跡II』財団法人市原市文化財センター調査報告書第70集
櫻井敦史・北見一弘2005年『市原市片又木遺跡III』財団法人市原市文化財センター調査報告書第87集

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