054川焼台遺跡出土の時香盤

更新日:2023年12月18日

浅野健太

遺跡所在地

ちはら台南2丁目他

時代

奈良・平安時代

はじめに

  川焼台遺跡の発掘調査では、幾何学(きかがく)模様をした特徴的で異質な遺物が出土しました。全国でも例の少ないこの遺物は、「時香盤(じこうばん)」とされています(図1)。今回はこの遺物について紹介したいと思います。

市原市川焼台遺跡出土の時香盤

図1 川焼台遺跡出土時香盤(千葉県教育委員会所蔵)

川焼台遺跡と時香盤

 川焼台(かわやきだい)遺跡は村田川流域の、現在のちはら台南2丁目付近にあった遺跡です。ちはら台ニュータウン造成工事に伴い、広大な面積が発掘調査されています。付近には上総国分寺創建期の瓦を焼いた、川焼瓦窯跡や、製鉄関係の遺跡である押沼(おしぬま)第一遺跡があり、国分寺の手工業生産に関わる奈良・平安時代の遺跡が多くあります。
 時香盤は、8世紀後半から9世紀代の遺構である、303号竪穴建物跡から出土しました(図2)。時香盤は瓦のような焼き上がりで、半分ほどが残存しています。直径は約27cmに復元でき、中央に幾何学模様、その周囲には渦巻き状の文様が巡ります(図3)。これらの文様は左右対称に描かれています。文様の中心部分は溝状になっています。厚さは約6cmで比較的厚手の作りです。外周部分は文様部分より低くなっており、受口状になっています(図4)。

時香盤の出土状況

図2 古代の竪穴建物跡から出土(財団法人千葉県教育振興財団2009より)

時香盤の復元図

図3 時香盤の復元図(財団法人千葉県教育振興財団2009より)

時香盤外周の受口部

図4 時香盤外周の受口部(千葉県教育委員会所蔵)

時香盤と香印押型盤

 川焼台遺跡出土の時香盤に類似した文様をもつ宝物が、奈良県の正倉院にあります。「黒漆塗香印押型盤(くろうるしぬりこういんおしがたばん)」とよばれるこの宝物は、光森正士氏の詳細な報告があります(光森1993)。光森氏によると、黒漆塗の盆の中に、川焼台遺跡出土の時香盤に似た、屈曲した花状の文様の溝が彫られているようです。この屈曲した溝の中に香抹(こうまつ)を入れ、その上から灰を充填した後に、盤上にひっくり返すことで、花状の模様の香が完成します。香印押型盤は花状の模様の香を作るための、型として用いられたのです。
 川焼台遺跡出土の時香盤を見ると、幾何学文様と渦巻き状の溝があり、この溝に沿って香抹を充填すると考えられます(図5)。この点は黒漆塗香印押型盤と同様ですが、川焼台遺跡のものは瓦質で分厚く作られており、重いため、果たして溝の中に香抹を充填した後、ひっくり返すことができたのか疑問です。一方で、溝内で直接香抹を焚(た)いた痕跡もありません。現段階では確証が得られない点も多いですが、瓦質で作られていることを考えると、こうした香の文様を作る金属製押型の鋳型(いがた)であった可能性があります。この点は全国の古代寺院等で、渦巻き状の鉄製品が出土していれば証明することができますが、今後の課題です。

時香盤の溝部

図5 時香盤の溝部(千葉県教育委員会所蔵)

時香盤の使用法

 時香盤は、その曲がりくねった幾何学模様の香の燃焼が長時間であることから、時を計るのに用いられたとされていますが、実際にはその時々の温湿度によって香の燃焼速度が違うので、実用性はなく、長時間にわたる仏教法会(ほうえ)で用いられたとする指摘があります(光森1993)。 上総国分寺で時香盤は出土していませんが、仏教法会で用いられたという指摘や、川焼台遺跡とその周辺の遺跡に、国分寺の手工業生産に関わる遺跡が集中することから、川焼台遺跡の時香盤も本来、上総国分寺向けに作られた可能性が高いと考えられます。

おわりに

 川焼台遺跡の時香盤の用途を考えてきましたが、仏具(ぶつぐ)としての利用がうかがえました。村落寺院、あるいは山林寺院と考えられている市原市萩ノ原(はぎのはら)遺跡では、香炉蓋(こうろふた)と香炉を模倣した土師器が出土しています。奈良時代の大安寺の財産目録である『大安寺伽藍縁起並流記資財帳(だいあんじがらんえんぎならびにるきしざいちょう)』には、様々な種類の香や香炉が大安寺の財産として記されており、古代寺院の法会で香は必須であるとみられます。
 考古学的に古代寺院で行われていた法会を復元するのは、非常に難しい問題ですが、香炉などの考古資料と、寺院資財帳等の文献資料を組み合わせることで、国分寺のような地方寺院の法会の実態が明らかになっていくことでしょう。

参考文献

財団法人千葉県教育振興財団 2009 『千原台ニュータウン21ー川焼台遺跡(上層)ー』千葉県教育振興財団調査報告610

光森正士1993「香印坐考」『正倉院年報』第15號 宮内庁正倉院事務所

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