044天神台遺跡の不思議な圧痕

更新日:2022年04月18日

小橋 健司

遺跡所在地

諏訪1・2丁目

時代

弥生時代後期から古墳時代前期

 天神台遺跡の整理作業中、土器片の図を描いているときに、その底にある奇妙なくぼみに気がつきました。
 土器片はTJ地区1039号竪穴建物跡から出土した、古墳時代初めの甕形土器の底の一部で、ほかに接合する破片は見つかりませんでした。

扇型の中心部に二つの丸い圧痕がある黄土色の甕形土器の破片の写真

古墳時代初めの甕形土器の底部

土器に付いた跡

 一般的に、土器の表面には、意図的に施された文様・装飾のほかに、たまたま付いてしまったさまざまな痕跡が認められます。
 たとえば、作る際に作業台とくっつかないように底に敷いた布や葉っぱの跡であったり、気づかれずに巻き込まれた植物の種や実が代表的なもので、ほかに、虫が運悪く押しつけられたり、ネズミのような小動物にひっかかれた跡もあります。
 めり込んだ種や実などは、土器を焼くときに燃え尽きてしまいますので、かたちを写し取った「圧痕あっこん」が表面に残ることになります。

文様・製作痕跡ではない?

 今回見つけた圧痕はどうかというと、まず、底面にあるわけですから、文様ではないと見て良いでしょう。破片のため全体像は不明ですが、規則的な装飾と断言するのも難しいようです。そもそも甕形土器は煮炊きに使う土鍋のようなもので、基本的に文様・装飾は施されないものです。
 また、製作時に作業台(面)と離しやすくするために砂の敷かれることもありますが、1センチメートルを超えるような大きな圧痕は普通付かないため、製作技法に関係するとも思えません。
 (なお、縄文土器の底に時折見られる、籠の編み目圧痕については、単に製作上の都合だけでなく、デザインにも関係するようです。)

右と左に螺旋状のくぼみのある全体が黄土色の写真

二つ並んだ圧痕

巻貝?

 はじめ見たときは、つぶつぶのある円形のくぼみといえば、もしかしてドングリの「帽子」?、とも思いました。
 でも、よく見ると円形のくぼみは同心円ではなく、何重かのらせんを描いています。らせんを描くといったら巻貝。貝塚の宝庫、市原ではよく目にします。

緑の粘土に、左側には黒と黄色の縞々模様の巻貝と右側にはその巻貝を圧痕した形の写真

現生のイボキサゴ(盤洲干潟で採集)とその圧痕(目盛りは1ミリメートル)

 「貝をわざわざ底に押しつけるわけないよな、でも一応試してみるか」、という感じで、標本を借り、なんとなく試してみたところ、粘土についた跡は土器のものとそっくりです。どうやら干潟に生息する小さな巻貝、イボキサゴの圧痕と見て良さそうです。
 また、よく見ると、明瞭な二つの圧痕の右側に浅い一つがあり、そこから弧状の筋が続いています。浅い圧痕がイボキサゴによるものだとすると、この筋も一連のものかもしれません。

しかしなぜ貝を

 土器の底にイボキサゴの圧痕が並ぶ現象にはいったいどんな事情があったのでしょうか?
 まず「時間」ですが、圧痕は土器の乾燥前という限られた時間に付くもので、貝の圧痕が見られることは、製作時、その場に貝殻があったことを示しています。たまたま乾燥前の土器を置いたところにイボキサゴが2つ並んで落ちていた、とも考えられますが、そんな状況が実際ありうるのでしょうか。疑問です。
 また「現場」については、わざわざ貝のいる海辺まで土器を作りに行くとは考えにくい。とすると、ムラの中と考えるのが妥当でしょう。そこに、食べかすの貝殻が(並んで)上を向いて偶然落ちていたのでなければ、それらはやはり意図的に付けられた可能性が高まります。
 推理できるのはこんなところでしょうか。他に例を見たことがありませんので、そもそも大昔の人にとって何か意味のある真面目な行為だったかどうかもわかりません。製作技法ではなく、偶然でもないとしたら、単なる遊びごころのような感じもします。子どものしわざでしょうか。所有を示すなど、目印として付けたのであれば、他にもっと事例があって良いはずです。
 あるいは、3個目?の圧痕と弧状のキズを積極的に評価すれば、製作中に土器を動かす際、偶然にも2度、静止した状態で圧痕がつき、三度目にずれて動いてしまった(土器を作る人が底の下の邪魔な存在に3回目に気づいた)、というだけなのかもしれません。
 ちなみに、天神台遺跡は複合遺跡で、縄文時代早期から前期の貝塚が含まれていますので、おもしろ半分に貝塚で拾った大昔(縄文時代)のイボキサゴを押しつけた、という可能性も考えられなくもありません。(地層中の貝化石をビーズに利用したらしい縄文時代の例もあります。)
 正体はわかったものの背景は不思議なまま。圧痕の謎は深まるばかりです。

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