菅原孝標の女の更級いちはら紀行 私も歩んだ?足下に眠る平安の夢路 上総の東海道

更新日:2022年04月18日

高台から市原市を見下ろす、和装をし笠を被った菅原孝標の女のイラスト写真

菅原孝標の女の顔のイラストなるみの顔のイラスト(菅原孝標の女)(なるみ)みなさん、こんにちは! 今回は平安いちはらの古道をたどります。

菅原孝標の女の顔のイラスト(菅原孝標の女)千年ぶりの市原、すっごく変わりましたね。あの海岸風景をもう一度眺めたくて、市原台地に登ってみたのですが、なんと目の前に万里の長城が!さすがは兵乱多き坂東ですねえ。

なるみの顔のイラスト(なるみ)ああ、あれは「館山自動車道」。城壁じゃなくて自動車専用道路なのよ。

菅原孝標の女の顔のイラスト(菅原孝標の女)いやはや。現代交通状況の凄まじきこと、限りありませんね。

なるみの顔のイラスト(なるみ)その陰にひっそり生き残る古来のルートを見つけましたので、探訪したいと思います。

菅原孝標の女のイラスト(菅原孝標の女)私のころと多少は変わりましたが、平安いちはらを偲ばせてくれそうです。それでは、いざ。

平安時代に使われていた古道の推定ルートを赤やオレンジで示し、周辺の神社やお寺などの位置が描かれた市原市の地図

市原市域の古代道想定図

 上の図を見てください。メインルート推定候補のひとつとされる線を赤で示しました。これに対しオレンジラインも古いルートで、こちらがメインの可能性もあり、断定できませんが、本コーナーでは仮に主要道や支道と捉えておきます。
 メインルートは、武蔵国の東海道本道から分岐し、東京湾岸に沿って上総まで延びてきたものと考えられます。仮に古道1(赤)がメインだとすれば、古道2は上総国府に向かう引き込み線を兼ねていたのかもしれません。実際に古道2は、市原台地に展開する上総国分僧寺・尼寺、稲荷台遺跡などの重要遺跡群につながっていきます。

 今後の予定として、まずは古道1(赤)をたどってみたいと思います。

神社の本殿を背景に笑顔の孝標のイラスト写真

菅原孝標の女の顔のイラスト(菅原孝標の女)ちなみに上図の神社は、古代から信仰を集めた由緒あるものです。なかでも島穴神社と姉崎神社は、延長5年(927)にまとめられた官社事典、『延喜式』神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載され、「式内社」(しきないしゃ)と呼ばれています。
 この二社は官社ですから、毎年2月の祈年祭では、国司が幣帛を奉っていました。父孝標も公務で参拝する機会があったんじゃないかしら。

市原市の街中で、紙を広げて考え込むなるみとあたりを見回す菅原孝標の女のイラスト写真

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