発掘調査報告書等PDF一覧

更新日:2023年11月20日

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財団法人市原市文化財センター調査報告書

1.皿郷田茂遺跡

1984年 本文PDF(画像)。
古墳時代前半の墳墓群(円形周溝墓・方形周溝墓・土器棺墓)及び集落。

2.石川城郭跡

1984年 本文PDF(画像)。
中世城郭、市内の城郭の紹介など(付図有)

3.片又木遺跡

1984年 本文PDF(画像)。
古墳時代前期の集落跡(付図有)。奈良・平安時代の小鍛冶工房からは丸鞆が出土。

4.小田部新地遺跡

1984年 本文PDF(画像)。
弥生時代墓域、古墳時代中期古墳、後期集落、中近世土葬墓、火葬墓の調査。

5.池ノ谷遺跡・福増遺跡

1984年 本文PDF(画像)。

  • 〔池ノ谷遺跡〕奈良・平安時代を中心とした溝状遺構、井戸跡などの調査。
  • 〔福増遺跡〕円墳(福増3号墳)の調査。

6.草刈遺跡

1985年 本文PDF(画像)。
草刈貝塚と弥生時代末~古墳時代前期の集落・墓域の調査。方形周溝墓に伴う可能性のある鉄剣が出土。

7.永田・不入窯跡

1985年 本文PDF(画像)。
永田窯跡群・不入窯跡群の灰原の範囲を確認した。

8.山田大宮遺跡

1986年 本文PDF(画像)。
事例の少ない養老川中流域で発見された、弥生時代中期の方形周溝墓群。

9.潤井戸西山遺跡

1986年 本文PDF(画像)。
村田川流域の弥生時代中期環濠集落の調査。縄文時代の陥し穴、古墳時代前~後期集落、奈良時代竪穴住居跡、掘立柱建物跡、四脚門を伴う柵列塀跡等を検出。

10.大羽根城郭跡

1986年 本文PDF(画像)。
中世山城に伴う外郭の測量を中心とした調査。

11.村上城跡

1986年 本文PDF(画像)。
戦国期の城館跡。堀の一部から銅製香炉、板碑など出土。

12.能満上細工多遺跡・能満上新関遺跡・能満番面台遺跡・能満旧三山塚

1999年 本文PDF(画像)。
室町初期の宝篋印塔〔能満旧三山塚〕ほか。

13.川中遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
弥生時代後期住居跡、古墳時代前期古墳などの調査。

14.市原市郡本遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
市原郡衙推定地付近の調査。

15.白船城跡 第一次

1987年 本文PDF(画像)。
弥生時代、平安時代の集落跡。緑釉陶器、灰釉陶器出土。中世は城郭の一部で、台地整形区画や地下式坑などを調査。

16.下鈴野遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
縄文時代の陥し穴、弥生時代終末期~古墳時代前期集落、中期古墳、奈良・平安時代方形周溝など。

17.上大堀遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
縄文時代中期住居跡2、陥し穴5などの調査。

18.下ヶ谷台遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
古墳時代前期~奈良・平安時代にかけての集落跡、住居跡7、6世紀末~7世紀前半の土師器坏を多数出土。

19.沢遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
古墳時代後期~歴史時代にかけての集落跡、住居跡2、工房跡1、掘立柱建物跡4、土器集積跡などの調査。

20.外迎山遺跡・唐沢遺跡・山見塚遺跡

1987年 本文PDF(画像)。

  • 〔外迎山遺跡〕終末期古墳、改葬系区画墓群及び火葬墓の調査。
  • 〔唐沢遺跡〕縄文時代早~晩期の遺跡の確認調査。
  • 〔山見塚遺跡〕縄文時代後期の貝塚を伴う環状集落跡及び改葬系区画墓群の確認調査。

21.御蓙目浅間神社古墳

1987年 本文PDF(画像)。
古墳時代後期(6世紀初頭)の埴輪を有する帆立貝式古墳の調査報告。人物・猪・鹿・馬等の形象埴輪多数出土。

22.南富士台遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期野島式土器出土、弥生時代後期住居跡5軒、東遠江地方の菊川式壺を検出、五領式期住居跡4軒、ヘラ描文壷、結合器台出土。

23.菊間手永遺跡

1987年 本文PDF(画像)。
縄文時代貝塚遺跡を主に菊間古墳群天神山古墳出土の埴輪等を収録している。縄文後期土器・土製品・石器・埋葬人骨など多様な遺物が出土。中世戦国期には台地整形区画内に地下式坑、外側には土壙墓群を構築。このほか菊間廃寺の瓦が出土。

24.皿郷田茂遺跡-第2次-

1988年 本文PDF(画像)。
1次調査(センター報告書第1集)の隣接地。古墳時代前期の墓域の調査。

25.大和田遺跡

1988年 本文PDF(画像)。
県内最古の須恵器窯。古墳、横穴墓群の調査。

26.今富大道遺跡

1988年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期条痕文系土器多数出土、調査区全域から炉穴が検出されている。炉穴合計46群121ヵ所。

27.中潤ケ広遺跡・天王台遺跡

1988年 本文PDF(画像)。

  • 〔中潤ケ広遺跡〕古墳時代後期の円墳の調査。
  • 〔天王台遺跡〕弥生時代終末期~古墳時代前期の小規模集落跡の調査。

28.山田橋表通遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
弥生時代後期の集落跡。古代官道の存在を推測させる溝を検出。

29.千草山遺跡・東千草山遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
弥生時代後期及び古墳時代から奈良平安時代の集落跡など。弥生時代のオオツタノハ製貝輪が出土。101号溝跡は千草山廃寺関連か。

30.文作遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
古墳時代終末期から平安時代にかけての集落跡、住居跡149軒、掘立柱建物跡35棟を検出。

31.永田・不入窯跡

1989年 本文PDF(画像)。
8~9世紀、須恵器窯跡群の灰原部分確認調査。

32.棒ヶ谷遺跡・永田遺跡・海士有木遺跡・北旭台遺跡・姉崎山谷遺跡・喜多高沢遺跡・辰巳ヶ原遺跡・原遺跡

1989年 本文PDF(画像)。

  • 〔棒ヶ谷遺跡〕縄文土坑20・弥生後期~古墳前期竪穴住居跡11・弥生木棺墓1・古墳後期円墳1・中世城郭跡など。
  • 〔永田遺跡〕奈良・平安時代の窯跡・集落跡。
  • 〔海士有木遺跡〕中世城郭跡。
  • 〔北旭台遺跡〕古墳3。
  • 〔姉崎山谷遺跡〕縄文~古墳時代竪穴住居跡5軒。
  • 〔喜多高沢遺跡〕古墳時代後期集落跡。
  • 〔辰巳ヶ原遺跡〕中世以前集落跡。
  • 〔原遺跡〕古墳・集落跡。

33.福増山ノ神遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
弥生・古墳の住居跡と奈良~平安期の墓域等を検出。

34.大厩弁天台遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
弥生時代終末期の集落。古墳時代中期の円墳。

35.白船城跡-第2次-

1997年 本文PDF(画像)。
15世紀後半から16世紀前葉にかけての城郭跡で、台地整形区画内に地下式坑が点在する。遺物は古瀬戸後4(新)並行期が中心。

36.青柳塚群

1990年 本文PDF(画像)。
海岸平野上の近世の供養塚11基の調査。

37.姉崎東原遺跡

1990年 本文PDF(画像)。
弥生時代中期から後期にかけての集落跡と円墳周溝を検出。

38.徒士橋遺跡

1989年 本文PDF(画像)。
古墳時代終末、奈良・平安時代の集落跡。古墳時代の住居跡からアサリなどの貝類が検出された。

39.北旭台遺跡

1990年 本文PDF(画像)。
古墳時代前期前半に比定される住居跡より有鉤銅釧の検出。

40.姉崎宮山遺跡・小田部向原遺跡・雲ノ境遺跡

1991年 本文PDF(画像)。
「小田部古墳」の再調査と隣接集落の調査他。円形周溝内にブリッジの痕跡を検出。

41.郡本大宮遺跡

1991年 本文PDF(画像)。
古墳時代後期~終末期と奈良・平安時代集落跡の調査。平安時代のロクロ土師器焼成遺構を検出。

42.大厩浅間様古墳

1992年 本文PDF(画像)。
墳丘径50メートル強を測る前期古墳の調査。墳丘上より壺形埴輪を検出。主体部からは銅鏡・石釧の他、多種の玉類が出土した。
また、墳丘下からは弥生中期のV字溝(環濠)・方形周溝墓等を検出している。

43.奉免上原台遺跡

1992年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期~前期の炉穴群と住居跡、古墳と方形周溝状遺構群など。方形周溝状遺構の周溝からは古代の須恵器・灰釉陶器などが出土した。

44.叶台遺跡

1992年 本文PDF(画像)。
養老川沖積微高地における弥生時代中期から古墳時代後期にいたる長期継続的な集落跡の調査。古墳時代はじめのタタキ甕が出土。

45.小谷1号墳

1992年 本文PDF(画像)。
6世紀末の前方後円墳。50個体以上の円筒埴輪(下総型埴輪)と、車輪文当て貝痕を残す須恵器甕が出土。

46.草刈尾梨遺跡

1992年 本文PDF(画像)。
古墳時代の集落跡と居館址。弥生時代中期の住居跡。弥生中期の環濠集落が検出された潤井戸西山遺跡と一体の遺跡。

47.奈良大仏台遺跡

1992年 本文PDF(画像)。
加曽利E式期の集落跡。他に陥し穴群、縄文時代早期土器等出土。

48.山田橋亥の海道貝塚

1992年 本文PDF(画像)。
縄文後期の貝塚を伴う集落、縄文中~後期の遺物包含層(付図有)

49.椎津茶ノ木遺跡

1992年 本文PDF(画像)。
古墳時代中期~奈良時代に至る多数の竪穴住居跡間の重複関係から土師器の変遷過程が明らかになった。弥生時代中期末から後期初頭の大型竪穴住居跡からは琥珀製玉が出土している。

50.安須古墳群

1993年 本文PDF(画像)。
中期方墳1基ほかを検出。中期古墳2号墳からは土師器・須恵器・鉄鏃・曲刃鎌・刀子形石製模造品が出土した。

51.姉崎東原遺跡B地点

1993年 本文PDF(画像)。
古墳時代前期前方後方墳1基と、弥生から古墳時代の集落跡の一部を検出した。

52.待戸遺跡・待戸供養塚

1993年 本文PDF(画像)。

  • 〔待戸遺跡〕奈良・平安時代の集落跡。鋸などが出土した。
  • 〔待戸供養塚〕近世の供養塚1基の調査。

53.上総国府推定地確認調査報告書(1)

1994年 本文PDF(画像)。

  • 〔村上地区〕奈良・平安時代の掘立柱建物跡などを検出。
  • 〔古甲地区〕奈良・平安時代の大溝を検出。

54.姉崎東原遺跡C地点

1994年 本文PDF(画像)。
台地上は弥生時代後期に集落が営まれ、古墳時代になると墓域になる。
斜面部は9世紀に竪穴住居が構築されたほか、現代に至るまで度重なる整地を受けている。

55.能満上小貝塚遺跡

1995年 本文PDF(画像)。
縄文中期末~晩期中葉に及ぶ集落跡。小規模な貝塚を伴う。遺構、遺物包含層中から多量の遺物が出土。
晩期のイノシシ形土製品が検出されている。

56.郡本遺跡(第2次)

1995年 本文PDF(画像)。
当遺跡は、市原郡家推定地であるが、今回の調査では、確定できる資料は得られない。

57.中高根南名山遺跡

1995年 本文PDF(画像)。
蔵骨器を伴う主体部を持つ方形周溝状遺構を持つ方形周溝状遺構を検出。遺跡のほぼ全域で道路上遺構を検出。

58.姉崎六孫王原遺跡

1997年 本文PDF(画像)。
墳丘のある方形周溝墓を始めとして、弥生時代の墓域と集落の関係および弥生時代から古墳時代にかけての集落の変遷が良好に検出された。

59.新生荻原野遺跡

1998年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期・前期・中期の集落跡、古墳時代後期の区画溝を伴った集落跡。古墳時代後期から平安時代の墓域。

60.市原市祇園原貝塚

1999年 本文PDF(画像)と表組データ(PDFとマイクロソフトエクセル形式(zip形式で圧縮))。
縄文時代後期~晩期の大規模な貝塚。土器・土製品(土偶・装身具等)・石製品(垂飾等)・骨角貝製品が多数出土。
上総国分尼寺下層にあたる遺跡。

61.郡本遺跡(第4次)

1999年 本文PDF(画像)。
当遺跡は、市原郡衙推定地である。柱筋のそろう掘立柱建物跡や特殊文字の墨書土器が多数出土した。

62.中高根南名山遺跡(第2次)

1998年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期(鵜ヶ島台期)に比定される竪穴住居跡を検出した。

63.市原城郭跡

1998年 本文PDF(画像)。
市原城の一部、あるいは隣接地点を調査。戦国期と思われる土壙を2基検出。うち1基は多数のヒト頭蓋骨が投げ込まれたような状態で出土した。刀傷の付いた遺体もある(人骨の分析結果は研究紀要6で公表。併せて参照されたい)。

64.五霊台遺跡

1998年 本文PDF(画像)。
椎津城に伴う堀跡。椎津城に伴う畝堀のほか、鎌倉期の土壙墓(和鏡副葬)や方形竪穴遺構を検出。

65.西国吉遺跡

1999年 本文PDF(画像)。
包含層中から須和田式土器が出土。方形周溝墓の周構内から手捏式土器が多数出土。

66.大厩辰巳ヶ原遺跡・八幡御所跡推定地

1999年 本文PDF(画像)。
〔大厩辰巳ヶ原遺跡〕縄文時代早期末葉の炉穴群と古墳時代後期の集落など。
〔八幡御所推定地〕小弓公方、足利義明の館跡と伝えられているが、今回の調査では、確証を得られていない。

67.村上川堀遺跡

2000年 本文PDF(画像)。
8世紀中葉の掘立柱建物跡を検出。貝が投棄された地下式壙を検出。

68.北野原遺跡

2000年 本文PDF(画像)。
柄鏡形住居跡の検出、腕輪状土製品の出土、地下式壙を伴う方形周溝状遺構の検出とそれに伴う多量の鉄釘の出土。

69.小鳥向遺跡

2000年 本文PDF(画像)。
河岸段丘上における、古墳時代前期の墓域の存在、平安時代の集落の存在、近隣での中世の鋳造を想定しうる遺物の存在が確認できた。

70.市原市片又木遺跡2

2000年 本文PDF(画像)。
養老川下流左岸台地上の狭い平坦面に展開する弥生後期から終末期の集落遺跡。古代の方形周溝状遺構も検出された。

71.草刈遺跡2

2000年 本文PDF(画像)。
縄文早期条痕文系土器が出土。大宮神社古墳群4号墳の周溝を検出。

72.姉崎東原遺跡C地点(第2次)

2000年 本文PDF(画像)。
南向き斜面地において平安時代の住居跡や地山整形痕が検出された。

73.畑木小谷遺跡・椎津茶ノ木遺跡(第2次)

2000年 本文PDF(画像)。

  • [畑木小谷遺跡]弥生時代後期から古墳時代中期までの集落及び、古墳時代後期の墓域の広がりが確認された。
  • [椎津茶ノ木遺跡]古墳時代後期を中心とした、漁撈に深く関連する拠点的な集落遺跡である。

74.新井花和田遺跡

2001年 本文PDF(画像)。
縄文時代早期後葉の子母口式期から野島式期にかけての土器多数出土。

75.喜多仲台遺跡

2001年 本文PDF(画像)。
調査例の少ない村田川中流域における縄文時代中期の集落と、平安時代中頃の比較的豊富な遺物量を持った竪穴住居跡を検出した。

76.釜神遺跡

2002年 本文PDF(画像)。
弥生時代中期から平安時代の集落跡。古墳時代前期の方形周溝墓及び中期の円墳など。

77.小鳥向遺跡2

2002年 本文PDF(画像)。
河岸段丘面における中世後期の墓域と思われる。ただし方形竪遺構群は生活跡や作業場跡などの可能性がある。
鋳造関連遺物の出土から、鋳物師の活動が裏付けられる。鋳物師は建武5年の文献あり。

78.坊作遺跡

2002年 本文PDF(画像)。
上総国分尼寺の造営を契機に集落を形成。
国分尼寺の造営および何らかの経営に関わってきたことが推定でき、尼寺の付属施設の可能性が高い。
また、これに関して郡や郷などの地名に関する墨書土器が出土。弥生時代後期前半の集落跡も検出されている。

79.向原台遺跡・東向原遺跡

2002年 本文PDF(画像)。

  • [向原台遺跡]海岸平野を見下す台地の縁辺に展開した集落、古墳群。弥生時代中期後半宮ノ台式土器が比較的まとまって出土した。
  • [東向原遺跡]弥生時代後期の集落跡だが、遺構の遺存は悪い。

80.南祇園原遺跡・持塚5号墳・上神台遺跡

2002年 本文PDF(画像)。

  • [南祇園原遺跡]弥生時代後期~古墳時代前期の集落と方形周溝墓群。方形周溝墓からは東海系土器が出土。上総国分寺の南方に同時期の集落があることが明らかとなった。
  • [持塚5号墳]7世紀後半の方墳。
  • [上神台塚群]持塚5号墳に続く、終末期古墳群の可能性がある。

81.畑木小谷遺跡2

2002年 本文PDF(画像)。
畑木小谷向古墳の墳形、時期の確定には至らなかったが、隣接調査区で検出された弥生時代後期の集落が台地先端部まで広がることがわかった。

82.市原市加茂遺跡D地点(本文・表組)

2002年 本文がPDF、表組みの大部分がテキストファイル他(xls csv txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
弥生中期と古墳中期・後期の集落遺跡。鬼高式古相の須恵器模倣精製土師器が出土。

83.市原市稲荷台遺跡

2003年 本文PDF(注意:画像)。4分割のPDFファイル。それぞれのzip形式。
「貞観十七年」銘墨書土器が出土。施釉陶器類が多く出土しており、官衙的な性格の遺跡と見られる。

84.市原市台遺跡B地点

2003年 本文PDF(画像)。
弥生時代中期から古墳時代後期にかけて三角形の台地上全域に広がる700軒を超える大集落の南西部の調査で、東に続く弥生時代中期の環濠、北に広がる中世の遺構群の一部を検出した。
多数のカマド付方形竪穴住居跡による古墳時代集落からは鬼高式土師器、須恵器の基準的資料が出土。
環濠集落と方形周溝墓の関係を知る良好な資料でもある。

85.市原市山倉古墳群

2004年 全長49メートルの前方後円墳である1号墳から、埼玉県鴻巣市生出塚遺跡で生産された埴輪群が出土した。人物埴輪と円筒埴輪が列状の配置で検出された。注意:補遺が『年報平成15・16年度』にあり

86.市原市菊間遺跡群袖ヶ台地区

2003年 縄文前期土器、弥生時代後期の竪穴住居跡5棟、奈良時代の掘立柱建物跡3棟などが検出された。

87.市原市片又木遺跡3

2004年 傾斜地を切り土し平場造成を行った大規模な整地跡に展開する、大型掘立柱建物跡が検出された。遺物には、中世前期のカワラケが高い割合を占め、日常居住空間とは異なる様相を呈している。また、盛土下層には平安時代前期の小鍛冶工房跡が検出されており、鉄器製作関連遺物と線刻土器が多数出土している。
整地のある崖上の平坦部には弥生時代終末期の方形周溝墓群が展開する。

88.市原市山田橋大山台遺跡(本文・表組)

2004年 本文がPDF、表組の大部分がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
弥生後期の集落遺跡。竪穴住居跡多数と方形周溝墓が検出されている。

89.市原市辺田古墳群・御林跡遺跡

2004年 前期古墳1号墳では、埋葬施設内より素環頭大刀・小型鏡等の副葬品、墳丘上から焼成前底部穿孔壺が多数出土した。また、弥生後期方形周溝墓からは環型帯状銅釧が腕に装着された状態で2例・10個体検出された。

90.市原市潤井戸西山遺跡C地点

2004年 弥生環濠の規模が推定可能となった。和泉式期の集落が本遺跡に及んでいることが明らかになった。

91.市原条里制遺跡(蛇崎八石地区)・仲山遺跡

2004年 [市原条里制遺跡(蛇崎八石地区)]海蝕崖下に縄文時代中期中葉の低地性貝層と泥炭層を検出した。
[仲山遺跡]縄文・弥生・平安時代の土器が出土した。

92.市原市根田代遺跡(本文・表組)

2005年 本文がPDF、表組の大部分がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
弥生時代中期末の環濠集落。

93.市原市西広貝塚2(本文・表組)

2005年 本文がPDF、表組(本文非掲載分含)がテキストファイル他(.xls .csvをフォルダで圧縮 zip形式)。
市原台地に位置する縄文時代中期末~晩期の馬蹄形貝塚の調査。集落は堀之内式から加曽利B式を中心とし、該期の良好な一括資料が出土した。遺跡南部からは後期後葉の大形住居跡と土坑群が検出され、曽谷式から安行1式の良好な資料を得た。遺跡北西部からは晩期中葉の土器が豊富に出土したほか、市内では例の少ない前期後葉の土器もまとまって出土した。

94.市原市加茂遺跡A・B地点

2005年 古墳時代中期後半から終末期に継続して営まれた集落跡。出土土器も豊富で土器編年が可能である。奈良時代末期の祭祀関連の井戸状遺構内から廃棄された多量の須恵器と共に原始灰釉陶器長頸壺が出土する。2分冊。

95.市原市潤井戸西山遺跡D地点

2004年 既往の調査で確認されていた古墳時代中期の遺構が本地点にも及んでいることがわかった。

96.市原市市東地区遺跡群

2005年 調査事例の少ない市原郡東部の遺跡群が確認できた。

97.市原市海上地区遺跡群

2005年 西野遺跡群B・D地点及び十五沢坊ヶ谷遺跡C 地点を中心に、掘立柱建物跡群が存在していることがわかった。また、西野遺跡群D地点の中世前期溝状遺構において、烏帽子と考えられる布状漆製品が出土した。

98.市原市長平台遺跡

2006年 本文がPDF、表組(本文非掲載分含)がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip式)。
弥生時代中期末から終末期にかけての集落跡と古墳前期に続く墓域を検出。弥生後期中葉の周溝内埋葬を伴う方形周溝墓からは、副葬品として銅釧・ガラス玉が出土した。弥生時代終末期の竪穴住居跡と方形周溝墓からは東海地方を主体とする非在地系土器が出土し、終末期前半の方形周溝墓には、鉄剣とガラス玉が副葬されていた。

市原市文化財センター年報

市原市文化財センター年報 昭和57・58年度

昭和57・58年度の事業・調査概要。
昭和57・58年度の調査遺跡は、菊間手永遺跡・草刈遺跡・小田部新地遺跡・能満番面台遺跡・上総国府推定地・天神台遺跡・池ノ谷遺跡・福増遺跡・片又木遺跡・石川城郭跡・堰の上遺跡・皿郷田茂遺跡・見立林遺跡・ざ王山遺跡。

市原市文化財センター年報 昭和59年度

昭和59年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、能満上細工多遺跡・上大堀遺跡・西山遺跡・村上城跡(上総国府推定地)・花和田遺跡・下ヶ谷台遺跡・椎津中林遺跡・沢遺跡・(大厩)浅間様古墳・永田・不入窯跡・萩ノ原北遺跡・千草山遺跡・山田大宮遺跡・下鈴野遺跡。

市原市文化財センター年報 昭和60年度

昭和60年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、御蓙目浅間神社古墳・山田橋表通遺跡・千草山遺跡・烏堀込貝塚・椎津中林遺跡・諏訪台古墳群・根田遺跡・外迎山遺跡・唐沢遺跡・山見塚」遺跡・南冨士台遺跡・下鈴野遺跡・中うりヶ広遺跡・大羽根城郭跡・郡本遺跡・土宇下原遺跡・奉免上原台遺跡。

市原市文化財センター年報 昭和61年度

昭和61年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、狩豆柵遺跡・今富大道遺跡・大和田遺跡・皿郷田茂遺跡・諏訪台古墳群・西広貝塚・不入窯跡・奉免上原台遺跡・小草畑棒平遺跡・東国吉川中遺跡・郡本遺跡・白船城跡・千草山遺跡・群谷遺跡・姉崎宮山いせき・文作遺跡・上大堀遺跡。

市原市文化財センター年報 昭和62年度

昭和62年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、白船城跡・祇園原瓦窯跡・潤井戸・天王台遺跡・菊間・向原遺跡・能満・東千草山遺跡・東四辻遺跡・文作遺跡・鯉・鯛遺跡・神門三号墳・諏訪台遺跡・西広貝塚・姉崎・東原遺跡・高坂・棒ヶ谷遺跡・北旭台遺跡・中高根・南名山遺跡、吉野1号墳、南岩崎・吉野遺跡・奉免・上原台遺跡・鶴舞・広小路遺跡・永田瓦窯。

市原市文化財センター年報 昭和63年度

昭和63年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、大厩弁天台遺跡・雲ノ境遺跡・大厩細野遺跡・白船城跡遺跡(3次)・白船城跡遺跡(4次)・潤井戸居鞍遺跡・潤井戸天王台遺跡(2次)・潤井戸小谷1号墳・定堀込遺跡・郡本大宮遺跡・能満下小貝塚遺跡・根田(辺田・御林跡)遺跡・史跡上総国分尼寺跡・諏訪台遺跡・小田部向原遺跡・犬成桜の木台遺跡・奈良大仏台遺跡・松ヶ島藏ノ下遺跡・青柳塚群・海保中谷遺跡・柏原遺跡群・六孫王原遺跡(A・B区)・六孫王原遺跡(D区)・新生荻原野遺跡(A区・一本松塚)・大坪永隅遺跡・福増山ノ神遺跡・北旭台遺跡・川在南障子遺跡。

市原市文化財センター年報 平成元年度

平成元年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、能満分区遺跡群・中高根南名山遺跡・奈良大仏台遺跡・叶台遺跡・花和田遺跡(第2次調査)・新生荻原野遺跡A区・一本松塚・新生荻原遺跡B・C区(確認調査)・新生荻原野遺跡C区(本調査)・史跡 上総国分尼寺跡・村上遺跡群・山倉天王・堂谷貝塚・能満分区貝塚(付)重要遺跡(貝塚)の測量・確認調査・喜多徒士橋遺跡(1次)・喜多徒士橋遺跡(2次)・姉崎上野合遺跡・潤井戸上横峰遺跡・椎津茶ノ木遺跡・史跡 上総国分寺跡・史跡 上総国分寺跡(薬師堂)・大厩浅間様古墳・道生掘遺跡・青柳塚群。

市原市文化財センター年報 平成2年度

平成2年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、能満分区遺跡群(本調査)・待戸遺跡・待戸供養塚(確認調査・本調査)・史跡上総国分寺跡(西辺部)・史跡上総国分寺跡(国分寺薬師堂基壇部)・姉崎東原遺跡B地点(確認調査)・南岩崎多田良遺跡(確認調査)・草刈尾梨遺跡(確認調査)・安久谷向ノ岱遺跡(確認調査・本調査)・山田橋表通遺跡(確認調査)・山木白船城跡(確認調査)・村上遺跡群(確認調査)・大厩浅間様古墳(本調査)・椎津茶ノ木遺跡(本調査)・五所四反田遺跡(確認調査・本調査)・磯ヶ谷竹ノ下遺跡(試掘調査)・上高根南名山遺跡(確認調査・本調査)・六孫王原遺跡(C区・D区)(確認調査・本調査)・佐是城跡(確認調査・本調査)・草刈尾梨遺跡(本調査)・山木白船城跡(本調査)。

市原市文化財センター年報 平成3年度

平成3年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、史跡上総国分尼寺跡・山倉前畑遺跡・六孫王原遺跡E区・川在南障子遺跡B地点・土宇下原遺跡・高滝柏野遺跡・安須別府台遺跡・古甲遺跡・能満南大広遺跡(B地区)・山田橋表通遺跡(亥の海道貝塚)・六孫王原遺跡C区・能満分区遺跡群・根田祇園原貝塚・南名山遺跡・喜多仲台遺跡。

市原市文化財センター年報 平成4年度

平成4年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、不入斗元居原遺跡(確認調査)・喜多仲台遺跡(本調査)・南名山遺跡(確認調査)・釜神遺跡(確認調査・本調査)・山田橋大塚台遺跡(確認調査)・潤井戸天王台古墳(確認調査)・姉崎東原遺跡D地点(確認調査)・江古田送り神塚(確認調査・本調査)・大厩鍛冶屋前台遺跡(確認調査)・原太稲荷塚・郡本遺跡群古甲遺跡(上総国府推定地確認調査)・安須1・2号墳(本調査)・姉崎東原遺跡B地点(本調査)・不入斗大宮遺跡(確認調査)・能満上小貝塚遺跡(確認調査・本調査)・勝間上座頭橋遺跡(確認調査)・村上白山遺跡(確認調査・本調査)・宮原堂谷遺跡(確認調査)・宮原布谷台貝塚(確認調査)・分目要害遺跡(確認調査)・山木深堀遺跡(確認調査)。

市原市文化財センター年報 平成5年度

平成5年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、村上遺跡群・椎津坂ノ上遺跡・中伊沢遺跡・分目要害遺跡・山田橋大塚台遺跡・釜神遺跡・神崎東官台遺跡・高倉溝谷遺跡・月崎寺の台遺跡・菊間深道遺跡・古甲遺跡(地中レーダー探査)・新生荻原野遺跡A区・土宇下原遺跡B地点・姉崎東原遺跡C地点。

市原市文化財センター年報 平成6年度

平成6年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、山田橋大山台遺跡・村上川堀遺跡・喜多仲台遺跡・大厩新田前遺跡・椎津尾崎遺跡・郡本遺跡群(古甲遺跡第3次)・西国吉新林遺跡・姉崎六孫王原遺跡F区・菊間深道遺跡B地点・福増大清水遺跡・新生荻原野遺跡A・B・C区・月崎寺の台遺跡・郡本遺跡・東国吉大門遺跡・高倉ママダ上遺跡・姉崎六孫王原遺跡F区・浅井小向後谷遺跡・東国吉寺谷遺跡。

市原市文化財センター年報 平成7年度

平成7年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、浅井小向後谷遺跡(2次)・白塚出戸遺跡・村上川堀遺跡・天羽田稲荷山遺跡・八幡御墓堂遺跡・椎津坂ノ上遺跡・山田橋大山台遺跡・潤井戸中横峰遺跡・姉崎妙経寺遺跡・潤井戸内野遺跡・鶴舞子来遺跡・上高根大作遺跡・南岩崎仲山遺跡・八幡市原条里制遺跡・永吉鬼子母神遺跡・中野寺沢台遺跡・永吉金原遺跡・永吉松ノ木台遺跡・西野下田遺跡・郡本遺跡群(古甲遺跡第4次)。

市原市文化財センター年報 平成8年度

平成8年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、潤井戸鎌之助遺跡・山田橋大山台遺跡・八幡御墓堂遺跡・姉崎妙経寺遺跡2次調査・潤井戸中横峰遺跡(2次)・姉崎棗塚遺跡・山田橋亥の海道遺跡・立野中伊沢遺跡・五井神取遺跡・郡本遺跡群(古甲遺跡第5次)・畑木小谷遺跡・市原条里制遺跡・菊間手永遺跡・下矢田遺跡・二日市場遺跡・中野向山遺跡・東国吉下台遺跡・永吉花ノ台遺跡・椎津大ッ作遺跡・椎津五霊台遺跡・海保野口遺跡。
椎津大ッ作遺跡については報告書を兼ねる。

市原市文化財センター年報 平成9年度

平成9年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、姉崎妙経寺遺跡(3次)本調査・姉崎棗塚遺跡(2次)確認・本調査・潤井戸天王台古墳群確認本調査・市原条里制遺跡(菊間徳万地区A)確認本調査・瀬又小滝遺跡確認本調査・村上川堀遺跡(2次)確認・本調査・村上川堀遺跡(3次)確認・本調査・山田橋大山台遺跡本調査・不入斗百枚田遺跡確認本調査・潤井戸鎌之助遺跡本調査・十五沢坊ヶ谷遺跡(A地点)確認本調査・郡本遺跡(3次)確認・本調査・草刈谷畑遺跡確認調査・郡本遺跡(4次)確認・本調査・中高根南名山遺跡(7地点)確認・本調査・市原条里制遺跡(八幡砂田地区)確認・本調査・永吉松ノ木台遺跡確認調査・永吉金原遺跡確認調査・中野鹿ノ原遺跡確認調査・市原城郭跡本調査・畑木小谷遺跡本調査・西国吉遺跡本調査。
西野下田遺跡については報告書を兼ねる。

市原市文化財センター年報 平成10年度

平成10年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、八幡御墓堂遺跡・姉崎妙経寺遺跡(4次調査)・潤井戸中横峰遺跡(第3次)・椎津中台遺跡・椎津堰谷遺跡(第1地点・第2地点)・姉崎山新遺跡(第1地点)・山田橋大山台遺跡(2次)・潤井戸鎌之助遺跡・潤井戸鎌之助遺跡(第2次)・野毛上境町遺跡・郡本遺跡(第5次)・五所居下遺跡・新堀小鳥向遺跡・十五沢坊ヶ谷遺跡A地点(第2次)・十五沢坊ヶ谷遺跡B地点・十五沢坊ヶ谷遺跡C地点・宮原遺跡A・B地点・西野遺跡A地点・大作脇ノ坂遺跡・椎津茶ノ木遺跡(第2次)・市原条里制遺跡・鶴舞遺跡・鶴舞子来遺跡・不入斗片又木遺跡・北野原遺跡。
野毛上境町遺跡・鶴舞遺跡・鶴舞子来遺跡については報告書を兼ねる。

市原市文化財センター年報 平成11年度

平成11年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、不入斗片又木遺跡・稲荷台遺跡・喜多仲台遺跡・潤井戸潤ヶ台遺跡・新堀小鳥向遺跡・廿五里遺跡・今富遺跡A地点・十五沢坊ヶ谷遺跡B地点・十五沢坊ヶ谷遺跡D地点・宮原遺跡C地点・宮原遺跡D地点・花やしき塚供養塚・高坂棒ヶ谷遺跡(第2次・第3次)・草刈遺跡・白塚台遺跡・加茂遺跡(D地点)・姉崎東原遺跡C地点・福増遺跡群大清水遺跡(確認調査)・福増遺跡群大清水遺跡(本調査)・八幡御墓堂遺跡(本調査)・八幡御墓堂遺跡(確認調査)・市原条里制遺跡菊間徳万地区B・姉崎妙経寺遺跡(第5次)・南岩崎遺跡・姉崎山新遺跡(第2地点)・押沼遺跡・葉木遺跡・能満城跡遺跡・椎津堰谷遺跡・椎津中台遺跡。
潤井戸潤ヶ台遺跡・葉木遺跡については報告書を兼ねる。

市原市文化財センター年報 平成12年度

平成12年度の事業・調査概要。
調査遺跡は、八幡御墓堂遺跡・白塚台遺跡・市原条里制遺跡(菊間徳万地区C)・不入斗遺跡群(片又木遺跡3・4次)・能満城跡遺跡・新堀小鳥向遺跡(第2地点)・椎津正坊山城跡・能満遺跡群(二階台地点)・今富遺跡群立野前地点・十五沢遺跡群E地点・十五沢遺跡F地点・西野遺跡群B地点(確認調査)・西野遺跡群B地点(本調査)・加茂遺跡D地点・喜多中台遺跡・新堀小鳥向遺跡(第3地点)・福増遺跡・姉崎妙経寺遺跡。

市原市文化財センター年報 平成13年度・平成14年度

平成13・14年度の事業・調査概要。
平成13年度の調査遺跡は、八幡御墓堂遺跡・片又木遺跡・小鳥向遺跡・姉崎妙経寺遺跡(第7次)・郡本遺跡・姉崎山新遺跡(第3地点)・能満城跡遺跡・南岩崎遺跡1次・2次・西野遺跡群D地点・市原条里制遺跡・西野遺跡群B地点・西野遺跡群C地点・奈良大仏台遺跡・南岩崎遺跡・八幡陣屋跡・柏原遺跡群・古甲遺跡(第6次)・西野遺跡群B地点・西野遺跡群C地点・畑木小谷遺跡・椎津新林遺跡・細山遺跡。
平成14年度の調査遺跡は、能満城跡遺跡・南岩崎遺跡(3次調査)・西野遺跡群B地点・八幡御墓堂遺跡・西野遺跡群D地点・稲荷台遺跡・姉崎山新遺跡(第3地点)・菊間遺跡群(袖ヶ台地区)・菊間遺跡群・東関山古墳。

市原市文化財センター年報 平成15年度・平成16年度

平成15・16年度の事業・調査概要。
平成15年度の調査遺跡は、姉崎山新遺跡(第3地点)・西野遺跡D地点・南岩崎遺跡・市原条里制遺跡・八幡御墓堂遺跡・史跡上総国分寺跡・潤井戸西山遺跡C地点・姉崎山新遺跡・潤井戸遺跡群下宿地区・潤井戸西山遺跡・東関山古墳。
平成16年度の調査遺跡は、能満城跡遺跡・松崎中里遺跡・仲山遺跡・市原条里制遺跡蛇崎八石地区・潤井戸西山遺跡D地点・不入遺跡・潤井戸西山遺跡・姉崎山新遺跡・江古田遺跡・郡本遺跡。

市原市文化財センター年報 平成17年度 24年の歩み

平成16・17年度の事業・調査概要と財団法人市原市文化財センターの24年間について
平成16年度の調査遺跡は、能満遺跡群地楽寺地区・山小川遺跡・能満城跡遺跡。
平成17年度の調査遺跡は、草刈狐塚遺跡・稲荷台遺跡K地点・海士遺跡群十二天地区・姉崎棗塚遺跡(3次)・辰巳台遺跡群辰巳原地区・姉崎二子塚古墳・山田遺跡群。

市原市内遺跡発掘調査報告

1.昭和62年度 市原市埋蔵文化財緊急調査報告書

  • 菊間向原遺跡
    確認・本調査 縄文早期炉穴・縄文中期竪穴住居跡・奈良平安時代方形周構状遺構
  • 鶴舞広小路遺跡
    確認・本調査 粘土採掘跡?
  • 吉野1号墳・南岩崎吉野遺跡
    本調査 古墳前期方墳周溝・吉野1号墳埴輪(円筒・不明形象)
  • 北旭台遺跡
    確認調査 縄文早期竪穴住居跡・弥生後期竪穴・円墳周溝

2.昭和63年度 市原市内遺跡群発掘調査報告

  • 福増山ノ神遺跡
    確認調査 縄文早期炉穴・古墳後期竪穴住居跡・古代方形周構状遺構
  • 小田部向原遺跡
    確認・本調査 小田部墳丘墓周溝・弥生後期竪穴住居跡・古墳前期竪穴住居跡・古墳後期竪穴住居跡
  • 白船城跡遺跡
    確認調査 主郭・帯郭・腰郭・カワラケ・陶磁器
  • 定堀込遺跡
    確認調査 奈良時代方形周構状遺構

3.平成元年度 市原市内遺跡群発掘調査報告

  • 潤井戸上横峰遺跡
    確認調査 古墳・周溝墓・竪穴住居跡・弥生後期土器・土師器
  • 椎津茶ノ木遺跡
    確認調査 古墳周溝・貝ブロック・弥生~奈良平安時代竪穴住居跡多数
  • 姉崎上野合遺跡
    確認・本調査 縄文後期土器・円墳周溝・円筒埴輪片・古墳中期竪穴住居跡
  • 喜多徒士橋遺跡
    確認調査 古墳後期以降竪穴住居跡・江戸時代以前溝跡

4.平成2年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 姉崎東原遺跡B地点
    確認調査 古墳周溝・弥生~古墳竪穴住居跡
  • 南岩崎多田良遺跡
    確認調査 弥生後期竪穴住居跡
  • 草刈尾梨遺跡
    確認調査 弥生中期竪穴住居跡・古墳中期竪穴住居跡
  • 安久谷向ノ岱遺跡
    確認・本調査 縄文土坑・縄文前期土器・弥生中期方形周溝墓
  • 山田橋表通遺跡
    確認調査 縄文中期~後期包含層・貝層
  • 山木白船城跡遺跡
    確認調査 階段状造成面・堀状遺構・陶磁器

5.平成3年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 山倉前畑遺跡
    確認・本調査 古墳後期竪穴住居跡
  • 川在南障子遺跡B地点
    確認・本調査 縄文中期中葉~後期後葉の縄文集落(竪穴住居跡・小竪穴) 土器多数
  • 六孫王原遺跡E地区
    確認調査 弥生~古墳時代集落跡

6.平成4年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 姉崎東原遺跡D地点
    確認・本調査 弥生中期竪穴住居跡
  • 江子田送り神塚
    確認・本調査 近世塚 カワラケ多数
  • 大厩鍛冶屋前台遺跡
    確認調査 弥生~古墳時代集落跡(前期主体)

7.平成5年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 東官台遺跡
    確認調査 縄文炉穴・弥生後期竪穴住居跡
  • 溝谷遺跡
    確認調査 縄文早期土器・カワラケ
  • 月崎寺の台遺跡
    確認調査 縄文中期集落跡(土器多数)
  • 菊間深道遺跡
    確認調査 弥生中期後半~古墳前期集落跡・弥生V字溝(環濠)

8.平成6年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 西国吉新林遺跡
    確認・本調査 古墳後期円墳(吉野63号墳)木棺痕跡・鉄鏃・土師器甕・杯
  • 姉崎六孫王原遺跡F区
    確認調査 縄文早期炉穴・弥生中期~後期方形周溝墓・六孫王原古墳周溝
  • 菊間深道遺跡B地点
    確認調査 弥生後期・古墳前期・古墳後期・奈良平安時代遺構

9.平成7年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 潤井戸内野遺跡
    確認調査 縄文中期・戦争遺跡(塹壕・対空放火陣地)
  • 鶴舞子来遺跡
    確認調査 縄文中期~後期集落跡
  • 上高根大作遺跡
    確認調査 縄文中期集落跡
  • 西野下田遺跡
    確認調査 古墳終末期土師器・須恵器
  • 南岩崎仲山遺跡
    確認調査 縄文陥し穴・中世溝状遺構

10.平成8年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 市原条里制遺跡
    確認調査 北宋銭・志野焼丸皿・土師器・中近世土器
  • 椎津五霊台遺跡
    確認調査 古墳前期竪穴住居跡・円墳周溝・土師器
  • 菊間手永遺跡
    確認調査・本調査 弥生中期竪穴住居跡・中世台地整形区画・地下式坑・円筒埴輪・カワラケ・中世土器
  • 下矢田城跡
    確認調査 平安前期土師器・須恵器
  • 二日市場遺跡
    確認調査 奈良平安時代溝・整地跡

11.平成9年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 郡本遺跡(第3次)
    確認調査・本調査 奈良平安時代竪穴住居跡・溝・奈良平安時代土師器・須恵器・土錘
  • 草刈谷畑遺跡
    確認調査 弥生後期~古墳前期竪穴住居跡・古墳中期円墳周溝・弥生土器・土師器・勾玉
  • 郡本遺跡(第4次)
    確認調査 弥生後期竪穴住居跡・奈良平安時代竪穴住居跡・弥生土器・奈良平安時代土師器・須恵器
  • 中高根南名山遺跡
    確認調査 旧石器集中地点・ナイフ形石器・剥片・縄文早期竪穴住居跡・縄文土器
  • 市原条里制遺跡(八幡砂田地区)
    確認調査・本調査 奈良平安時代水田・奈良平安時代須恵器・瓦・北宋銭

12.平成10年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 畑木小谷遺跡
    本調査 縄文早期炉穴・陥し穴・弥生後期~古墳中期竪穴住居跡・古墳中期~後期円墳周溝・ウマ埋葬土坑・木棺直葬墓・縄文土器・石器・弥生土器・土師器・須恵器・ガラス玉・琥珀棗玉・耳環・銅釧
  • 郡本遺跡(第5次)
    本調査 弥生後期~奈良平安時代竪穴住居跡・弥生土器・奈良平安時代土師器・須恵器・灰釉陶器・鉄鏃・墨書土器・カワラケ
  • 五所居下遺跡
    確認調査 土師器・土錘
  • 新堀小鳥向遺跡
    確認調査 古墳前期方形周溝墓・古墳後期竪穴住居跡・平安時代竪穴住居跡・粘土採掘坑・縄文土器・弥生土器・平安時代土師器

13.平成11年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 稲荷台遺跡
    本調査 縄文前期土坑・弥生後期竪穴住居跡・古墳後期円墳周溝・奈良平安時代竪穴住居跡・掘立柱建物跡・縄文土器・弥生土器・土師器・須恵器・灰釉陶器・緑釉陶器・布目瓦・墨書土器・鑷子・火打金・刀子・馬歯
  • 喜多仲台遺跡
    本調査 縄文中期竪穴住居跡・平安時代竪穴住居跡・掘立柱建物跡・縄文土器・土師器・須恵器

14.平成12年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 椎津正坊山城跡
    確認調査 中世土坑・ピット・陶磁器・土師器・埴輪
  • 能満遺跡群
    本調査 弥生後期竪穴住居跡・古墳終末期竪穴住居跡・中世溝跡・弥生土器・土師器・須恵器・土製紡錘車・陶磁器
  • 今富遺跡群
    確認調査 中世溝跡・近世井戸跡・石塔・陶磁器

15.平成13年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 奈良大仏台遺跡
    確認調査 縄文時代土坑
  • 南岩崎遺跡
    確認調査 古墳前期竪穴住居跡・古墳後期円墳・土師器・須恵器
  • 八幡陣屋跡
    確認調査 近世以降礎石建建物跡・中近世陶磁器・土製品・銭貨
  • 柏原遺跡群
    確認調査 近世土坑・溝・須恵器・カワラケ・土錘

16.平成14年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 椎津新林遺跡
    確認調査 縄文早期・前期土坑・縄文土器・土師器
  • 稲荷台遺跡
    本調査 平安時代道路跡・溝・竪穴建物跡・土坑・中世溝跡・平安時代土師器・須恵器・灰釉陶器・緑釉陶器・瓦・鉄製品・中世陶磁器・カワラケ・獣骨

17.平成15年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 姉崎山新遺跡
    確認調査 中世溝・縄文土器・土師器・須恵器・中世陶器・カワラケ
  • 潤井戸遺跡群下宿地区
    確認調査 縄文土器・土師器・円筒埴輪
  • 潤井戸西山(草刈尾梨)遺跡
    確認調査 弥生中期V字溝(環濠)・古墳後期溝・竪穴住居跡・弥生土器・土師器・須恵器・石製模造品
  • 東関山古墳
    確認調査 東関山古墳周溝・中世溝・地下式坑・弥生土器・土師器・須恵器・石製模造品・カワラケ

18.平成16年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 不入遺跡
    確認調査 縄文時代陥し穴・土師器
  • 潤井戸西山遺跡D地点
    確認調査 古墳前期竪穴住居跡・古墳中期竪穴住居跡・古墳後期竪穴住居跡・陥し穴・溝跡・弥生土器・土師器・須恵器・中世陶器
  • 姉崎山新遺跡
    確認調査・本調査 古墳前期円墳周溝・土坑・溝跡・土師器・埴輪
  • 江子田遺跡
    確認調査・本調査 古墳後期竪穴住居跡・土坑・縄文土器・弥生土器・土師器・須恵器・石鏃
  • 郡本遺跡群
    確認調査 平安時代貝ブロック・土師器・瓦

19.平成17年度 市原市内遺跡発掘調査報告

  • 稲荷台遺跡K地点
    確認調査 古墳後期竪穴住居跡・円墳周溝・奈良平安時代竪穴住居跡
  • 海士遺跡群十二天地区
    確認調査 古墳後期~終末期竪穴住居跡・奈良平安時代竪穴住居跡・土師器・須恵器・瓦
  • 辰巳台遺跡群辰巳ヶ原地区
    確認調査 縄文早期炉穴・土坑・貝層・弥生末~古墳前期竪穴住居跡・縄文土器・石鏃・石皿・弥生土器・土師器
  • 姉崎二子塚古墳
    確認調査 古墳中期前方後円墳周溝・埴輪・土師器・磨石
  • 棗塚遺跡
    確認調査・本調査 中世土坑・溝跡・中世土器

市原市教育委員会報告書

史跡上総国分寺跡発掘調査報告書

2004年
国分寺庫裏建替えに伴う発掘調査。上総国分寺跡講堂推定地の西隣接地を調査したが、主要な建物は検出されなかった。古代のカマド付きの竪穴建物跡や溝跡などが検出され、溝跡からは瓦が出土した。

市原市文化財センター研究紀要

1.研究紀要1

1987年 4編の論考を収録

2.研究紀要2

1993年 13編の論考を収録

3.研究紀要3

1995年 5編の論考を収録

4.研究紀要4

2003年 9編の論考を収録

5.研究紀要5

2005年 8編の論考を収録

6.研究紀要6

2006年 7編の論考を収録

市原市埋蔵文化財調査センター調査報告書

1.市原市南岩崎遺跡

2006年 本文がPDF、表組(本文非掲載分含)がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
弥生時代中期後半( 宮ノ台式期) と古墳時代中期( 和泉式期) を盛期とする集落跡。
弥生時代中期には方形周溝墓を伴う環濠集落が形成される。
古墳時代中期後半の区画溝が検出されたほか、初期須恵器が出土した。

2.市原市西広貝塚3

2007年 本文がPDF(正誤表訂正済)、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
市原台地に位置する縄文時代中期末~晩期の馬蹄形貝塚の調査。
貝塚は堀之内式から加曽利B式を中心に形成され、とくに西側斜面部では最大2メートルの厚さの貝層が堆積していた。
また一部には関東地方には珍しい晩期前葉から中葉の貝層および遺物包含層が形成され、土器・獣骨や石器・土製品・骨角器など多量の遺物が出土した。
調査では、貝層の全てが採集され、これらのフルイを用いた水洗・選別作業を通じ、多種・多様な人工遺物・動物遺存体が多量に検出された。

3.市原市豊成百目木遺跡

2007年 旧石器時代後期の遺物集中地点の調査。上層遺構の遺物は検出されていない。
立川ローム中第4層下部から第5層(第1黒色帯)中に遺物集中地点を確認した。
黒曜石製のナイフ形石器・石核・剥片・削片・石屑が出土。

4.平成18年度市原市内遺跡

2007年

  • 棗塚遺跡
    中世の土壙墓や貝層を検出。
  • 海士遺跡群三入道地区
    弥生から平安時代にかけての集落跡と古墳2基を確認。
  • 稲荷台遺跡L地点
    弥生から平安時代にかけての集落跡。古代上総国府関連遺跡として知られる稲荷台遺跡の北端部にあたる。
  • 姉崎二子塚古墳
    県指定史跡である二子塚古墳の前方部墳丘裾から周溝にかけてを捕捉し、古墳の規模を確認した。円筒埴輪片が多数出土。

5.市原市御林跡遺跡2

2008年
弥生中期から古墳時代終末期にかけての集落跡と古墳時代初頭の方形周溝墓3基、終末期古墳1基などを調査。
弥生時代は太型蛤刃石斧・有角石斧・板状鉄斧などが検出された。
古墳時代では前期住居から内行花文鏡が検出された。
中期和泉式期には、県内でも早い段階で住居にカマドを付設。初期須恵器も豊富な標識的遺跡である。

6.市原市海士遺跡群(三入道地区)

2008年
弥生時代後期から古墳時代前期までの集落跡や、古墳時代前期の古墳、中世の墓域を検出。
古墳は径約20メートルの方墳・円墳各1基づつ検出。周構内には畿内・東海地方の影響を受けた個体群を含む多量の土器が出土。
中世の土壙墓からは和鏡が出土。

7.平成19年度市原市内遺跡

2008年

  • 稲荷台遺跡M地点
    中世地下式坑状の遺構を検出。
  • 郡本遺跡群(第8次)
    弥生時代後期から平安時代の集落跡。
  • 南岩崎仲山遺跡(第3次)
    報恩寺古墳群の中核をなす報恩寺3号墳の周溝の一部を確認。
  • 小鳥向遺跡(第4地点)
  • 山木遺跡群(出戸地区)
    平安時代の集落跡。

8.上総国分僧寺跡1

2009年
瓦を除く上総国分僧寺創建直前以降の資料を対象とした待望の報告書。
主要伽藍部は早稲田大学考古学研究室の調査資料を網羅したほか、寺院地北辺に展開する国府政庁風の政所院跡や講師院跡の推移を明確にした。
中世は旧寺院地内に方形館が営まれていたことを確認し、推移状況を想定した。
10世紀末から14世紀後葉にいたる土器編年も掲載している。

9.市原市山田遺跡群

2009年
養老川中流域の沖積平野を調査し、古墳時代後期の円墳などを確認、春日神社古墳群との関連が想定される。
遺物は風字硯や二日市場廃寺のものと思われる格子タタキの平瓦などが出土した。

10.市原市南中台・荒久遺跡A地点

2009年
縄文時代後期から晩期までの貝塚をともなう集落跡。
弥生時代終末期を中心とする集落跡から多量出土した北陸系土器群は必見。
奈良・平安時代の集落は国分寺運営との関係を考える上で良好資料。
中世は墓域となり、常滑6b型式の甕を棺とした土壙墓を検出。

11.平成20年度市原市内遺跡

2009年

  • 郡本遺跡群(第8・10・11次)
    上総国府推定地に近い地区で、平安時代の集落跡と、中世の整地遺構を検出した。
  • 椎津向原遺跡
    近隣で調査された五霊台遺跡や茶ノ木遺跡で顕著に見られた古墳時代後期の集落が、その南側にまで展開することを確認した。
  • 山新遺跡(第5地点)
    姉崎二子塚古墳後円部の周溝範囲を考える上で有効な調査となった。
  • 山木遺跡群市道地区
    弥生時代後期から古墳時代前期の集落のほか、平安時代の掘立柱建物跡や竪穴建物跡も検出され、付近の白船城跡の古代集落とともに、この地域の重要性を示す資料となった。

12.市原市台遺跡C地点

2010年
弥生時代から奈良時代まで続く古墳と集落跡。
かつて報告書を刊行した台遺跡B地点の隣接地域として重要。

13.市原市新殿古墳群

2010年
古墳時代終末期の前方後円墳1基、円墳1基、方墳2基の一部と、弥生時代中期末葉の方形周溝墓と住居跡の一部の調査。

14.市原市郡本遺跡群(第12次)

2010年
これまで例の少なかった中世遺構の本調査。中世後期における大規模な台地整形区画と、そこに展開する墓地。

15.市原市小ノ台遺跡

2010年
中流域の古墳時代後期の集落跡。古墳時代の竪穴住居跡は5世紀から7世紀初頭ころまでだが、8・9世紀の竪穴も分布している。

16.平成21年度市原市内遺跡

2010年

  • 山木遺跡群市道地区第2地点
    昨年度調査区の隣接地で、同一と思われる奈良・平安時代の掘立柱建物跡や竪穴建物跡を確認した。
  • 郡本遺跡群(第13次)
    昨年度調査き続き、13世紀後半のカワラケを多量に含む大型遺構を確認し、中世の大規模造成が行われたエリアであることの事例を追認した。
  • 村上遺跡郡門前地区
    国府推定地内かつ村上城跡内であったが、中近世とみられるピット群の検出にとどまった。
  • 白船城跡(第6次)
    城跡の東裾部分で、腰曲輪状の平坦面の造成跡とみられる盛土層が確認された。
  • 菊間遺跡群鍛治屋前地区第2地点
    弥生時代後期・古墳時代前期の竪穴建物跡を調査。隣接地区第1地点や雲ノ境遺跡の成果とあわせ、集落の展開を検討できる事例となった。

17.市原市荒久遺跡B・C 地点

2011年
上総国分僧寺跡に隣接する奈良・平安時代を中心とした竪穴建物跡を中心とした集落跡。北アラク遺跡・荒久遺跡として調査された範囲を収録した。遺跡の位置や灰釉花文浄瓶に代表される仏器・瓦などの出土遺物などから、僧寺造営に深く関連する遺跡と考えられている。
300点近い墨書・線刻土器、文字瓦などの文字資料には、僧寺の施設・新発見を含む地名など良好な資料が含まれる。また、「周」銘瓦の観察から押型が同型であることが判明し、僧寺修繕における造瓦体制を考える上で重要な資料になるとみられる。調査では350棟を超える竪穴建物跡を検出しており、土器の既存編年に基づく集落変遷の再現を試みている。

18.市原市能満遺跡群天王辺田地区

2011年
中世真言寺院釈蔵院背後の標高24.5メートルの洪積台地縁辺に位置し、東側は山木付近で海岸平野に達する開析谷に面している。調査では、弥生時代後期の竪穴住居跡と、古墳時代の方墳と考えられる周溝の一部や、中世のV字溝や大型土坑などが発見されている。遺跡の性格を特定するには至らなかったが、能満城跡との関連が想定される遺構である。また、出土品の中には、12・13世紀の白磁合子や緑釉鉢などの中国製高級陶磁器の破片が含まれており、当該期の当地域の重要性をうかがわせている。

19.平成22年度市原市内遺跡

2011年

  • 郡本遺跡群
    去年に続き大規模な中世のV字状溝跡を確認し、その方向や性格などを考察した。
  • 海士遺跡群
    貝層を伴う竪穴建物跡を検出し分析した結果、淡水貝が多く含まれるなど、縄文時代の貝層とは異なる特徴をみた。また、隣接する8世紀中葉の竪穴建物跡では、鎌と砥石が出土し、国分寺建立期の一般集落の様子がみられた。
  • 山新遺跡
    新たに古墳2基を確認した。 また、新知見として二子塚古墳の築造時期よりも早い前期段階の集落と小鍛冶痕跡を確認したことの意義は大きい。
  • 菊間遺跡群
    貝層を確認した。遺物が少なく時期は不明確であったが中世のものとみられる。
  • 白船城跡
    主郭推定部分を調査したが、大きく削平を受けていたことが残念であった。ただ、7次にわたる今までの調査で未確認の時期である、古墳時代後期の集落跡を確認した。
  • 市原城跡
    市内最大級の大型掘り形をもつ柱穴跡を確認し、数時期にわたって大型建物が存在したことが明らかとなった。光善寺廃寺跡や国府推定地を有する市原エリアである当該地の重要性を、さらに裏付ける事例となった。

20.市原市平野馬頭塚

2011年
塚は、養老川上流域左岸の丘陵上にあり、出羽三山信仰により築造された供養塚である。塚築造時の地鎮祭祀や盛土途中での撒き銭など、祭祀行為の一端が復元できる。多量の出土銭は古寛永・新寛永の文銭のみで構成され、塚はおおむね延宝から元禄前半期(1673年から1697年)に築造されたと思われる。幕末には馬頭観音を祀る「馬頭塚」として新たな役割を担っていた。

21.市原市寺ノ台遺跡第2次

2012年
遺跡は、養老川上流域左岸の標高95メートル前後の独立台地上に位置する。台地の平面形状は三角形を呈し、養老川と浦白川が合流する部分に独立している。付近の畑には縄文時代中期後半の土器片が多く散布し、1次調査区では大形の深鉢数点が出土している。今回の調査でも縄文時代中期後半加曽利E3式期の遺物が多くみられ、当該期の集落が台地全体にひろがっていることが確認された。
ただ、今回調査区の遺構はやや貧弱であり、黒曜石の剥片が多くみられるなど、狩猟基地としての季節的な土地利用が考えられる。早期中葉の沈線文系・後葉の条痕文系の土器も多くみられ、わずかながら前期の関山式期も混在していることから、想定よりも長期間にわたる土地利用が判明した。

22.平成23年度市原市内遺跡

2012年

  • 能満遺跡群地楽寺地区第2地点・ 二階台地区第2地点
    弥生時代後期と古墳時代後期の竪穴建物跡を調査し、中世の溝跡も検出した。溝跡は鎌倉期にまで遡る可能性があり、戦国期の能満城跡に先行するものとみられる。
  • 椎津尾崎遺跡第2地点
    中世の方形竪穴状土坑を検出し、隣接する第1地点からの遺構の分布を確認した。
  • 島原遺跡
    古墳時代終末期と奈良・平安時代の竪穴建物跡4軒を確認した。
  • 棗塚遺跡第5次
    姉崎の砂堆上において古墳時代後期集落の存在を初めて確認した。
  • 海士遺跡群海士地区
    中世以前と見られる溝跡3条・土坑1基を検出した。
  • 二日市場遺跡第2地点
    奈良・平安時代と見られる溝跡1条を検出した。
  • 姉崎東原遺跡E地点
    中世地下式壙1基を確認した。
  • 菊間藩庁跡
    弥生時代後期の集落跡を確認するとともに、菊間古墳群において新たな円墳を確認した。
  • 山倉前畑遺跡第2地点
    弥生時代後期から古墳時代前期にかけてと、古墳時代後期における遺構密度の高い集落遺跡であることが判明した。

23.市原市小鳥向3

2012年
弥生時代中期の方形周溝墓の検出は、叶台遺跡における同時期の集落の墓域である可能性をふまえれば、集落のありかたについてこれまでの理解を再検討する新たな資料となる。
中世については、隣接する小鳥向遺跡第1・3地点に関連するとみられる遺構群を確認しした。直接鋳物師の操業を示す遺構は検出されなかったが、鋳造関連遺物の散布域が東方に広がることが確認できた。

24.市原市中台遺跡

2013年
東日本最古の古墳として知られる神門古墳群の母村と捉えうる、弥生時代終末期(古墳時時代早期)を中心とする集落。
北陸系・畿内系を中心とする外来系土器が多量に出土し、遠距離間交流の拠点として注目される。
部分的に検出された棟持柱付建物を伴う方形区画施設は、首長居館に関連する可能性があり、神門3~5号墳被葬者のいずれかが残したものと考えられる。

25.市原市天神台遺跡1

2013年
本文がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
市原台地に位置する縄文時代早期後葉~前期前葉の集落跡の調査。
早期は竪穴住居跡と炉跡群、前期は竪穴住居跡群からなる。
いずれの時期も市内はもとより千葉県内においても、大規模調査例として稀少。
早期後葉の集落では長軸10メートルを超える大型の住居跡複数を検出。当該時期の膨大な量の土器・石器が出土。
早期後葉の集落には遺構内を主とする貝塚が存在。
調査では、貝層のほぼすべてが採集され、これらのフルイを用いた水洗・選別作業を通じ、多種・多様な人工遺物・動物遺存体が多量に検出された。
イノシシ・シカなどの獣骨類は特に多くまた、1400点を超えるツノガイ類などを加工した微小な貝玉類は特異。埋葬人骨1体も検出。

26.市原市郡本遺跡群(第15次)

2013年
養老川下流右岸台地上、東京湾を望む海食崖近くの平坦面で中世後期の生活址を検出した。地山ローム層を掘り込んだ整地面に、掘立柱建物跡3棟・地下式坑4基等を確認した。区画外にも多数の小竪穴・土坑・ピットが分布し、調査区南端の溝まで生活空間の広がることを確認できた。遺構の多くは時期不明だが、出土土器の様相から15世紀前半が主体だと考えられる。
地下式坑の竪坑などから貝層が検出され、イボキサゴが圧倒的な数量を占める共通する様相が確認されている。地下式坑からは他にウマ・シカの肢骨が出土している。馬小屋遺構の可能性もある小竪穴も存在し、中世後期の居住域の構成を示す好例と思われる。土器類の出土密度と組成は、東京湾沿岸の沖積地に展開する街村集落遺跡に匹敵するもので、中世上総の政治的中心部に近いことを反映している可能性がある。

27.平成24年度市原市内遺跡

2013年

  • 郡本遺跡群第15次
    調査区北半に中世後期の台地整形区画と遺構の集中を確認した。
  • 郡本遺跡群第16次
    並行する可能性がある奈良・平安時代の南北溝2条を検出した。中世には墓域であったとみられる。
  • 君塚クワノ木古墳
    江戸期の塚改修に伴うと思われる寛永通寶を検出した。
  • 市原城跡門前地区
    上総国府推定地の調査で平安期の遺構を確認した。古代末から中世初頭の土壙墓の副葬品として握り鋏と火打金が出土した。
  • 山倉前畑遺跡第2地点
    養老川右岸の低位段丘面で、弥生後期と古墳後期の集落域を確認した。
  • 辰巳台遺跡群第2地点
    開析谷を望む台地平坦面で、縄文早期と古墳前期の居住域を確認した。
  • 菊間遺跡群深道地区C地点
    菊間古墳群下層の弥生後期居住域と中世地下式坑を検出した。
  • 市原城跡辻地区第2地点
    上総国府推定地の調査で中世の大規模な溝を検出した。古代道路と重複する可能性がある。
  • 山新遺跡永津前地区
    姉崎地区の沖積低地において弥生後期と古墳前期の遺構を検出した。

28.市原市山新遺跡永津前地区

2013年
山新遺跡永津前地区は、市の北側に存在する東京湾岸沿いに展開する沖積地にあり、標高7メートル前後の砂堆列上に位置する。調査の結果、弥生時代後期の土坑墓や、古墳時代前期の溝状遺構などを検出した。
土坑墓は、砂堆列上に位置しており、うち一基は、壺の上部を打ち欠いて破片を置いた上に、下半部を「土器棺」として埋納したと考えられる。溝状遺構は、砂堆列上から低地に向かって、ゆるやかに弧を描きながら、南下している。調査範囲が狭小なため、溝状遺構としたが、円墳の周溝である可能性も否定できない。
これまであまり調査事例のなかった姉崎地区における、東京湾を望む沖積地の調査成果は、今後、沖積地での歴史的な環境の復原を考えていくうえで、大いに参考となるだろう。

29.市原市台遺跡A・D地点

2014年
弥生時代から平安時代まで続く集落跡の一部。弥生時代から奈良時代の一部の遺構については、台遺跡B・C地点として既に報告書も刊行されている。
今回報告する範囲は、B地点の北側に隣接する範囲で、前回同様の遺構が検出されており、特に地下式坑の分布が多く、中世遺物も豊富である。
弥生中期・後期・終末期の竪穴建物跡106棟・方形周溝墓12基、古墳前期竪穴建物跡40棟、古墳中期・後期・終末期の竪穴建物跡41棟、中世地下式坑49基などを検出。「大目」の墨書を持つ古代須恵器が出土。

30.平成25年度市原市内遺跡

2014年

  • 能満分区遺跡群(貝殻塚地区)
    今回の調査地点は能満分区遺跡群の南端部であり、 能満分区貝塚の東側縁辺部に当たり、能満分区貝塚の時期と範囲が調査対象範囲部分で確認された。
  • 大厩遺跡群(一心原句地区)
    当遺跡から南東50~100メートルに平成4年度調査の大厩鍛冶屋前台遺跡があり、弥生、古墳時代の住居跡が32軒検出された。大厩遺跡群の北辺に当たる。
  • 椎津向原遺跡(第2地点)
    平成20年度に調査した椎津向原遺跡の成果と同様な古墳時代後期と平安時代の集落跡が、50メートル東側方向の本地点まで連続していることが判明した。
  • 市原城跡(門前地区・第2地点)
    当遺跡の北側隣接地域は、平成24年度調査の門前地区第1地点であり、弥生時代後期集落が検出されていることから、第2地点もこの関連とみられる。
  • 郡本遺跡群(第17次)
    調査区内全域にわたり、弥生時代中期から古墳時代前期にかけての竪穴建物跡を検出した。
  • 郡本遺跡群(第18次)
    南北に走る古代道の推定地が、今回発掘対象の西側に隣接するが、その痕跡は確認されず、道の推定ラインが今回対象範囲の西側に位置していることが確実となった。
  • 郡本遺跡群(第19次)
    海岸平野を西に望む台地の縁辺において、平安期の竪穴建物跡が確認された。
  • 郡本遺跡群(第20次)
    調査区内北域において、中世と考えられる溝状遺構を検出した。
  • 郡本遺跡群(第21次)
    郡本遺跡群内南側に位置する藤井地区において、奈良・平安期の竪穴建物跡などが確認された。
  • 稲荷台遺跡(L2地点)
    弥生時代後期と古墳時代前期の竪穴建物跡を検出した。
  • 稲荷台遺跡(L3地点)
    平安時代の竪穴建物跡を検出した。
  • 稲荷台遺跡(N地点)
    西側隣接地域は稲荷台遺跡の官衙区域に当たり、調査区南北方向は幅10メートル前後の範囲で奈良・平安時代から中世初期まで使用された幹線道路の畦畔が地上部に現れている。

31.市原市諏訪台古墳群・天神台遺跡2

2015年
本文がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
主要な遺構は、墳墓が310基(弥生時代中期後半方形周溝墓から、古墳時代前期古墳までが119基、古墳時代後期から終末期古墳、奈良・平安時代の律令制墳墓が191基)、古墳時代終末期竪穴建物跡1棟、土壙・土坑が350基、溝31条、台地整形4か所、集石遺構1か所などで構成される。
弥生時代中期後半に造墓活動が開始され、弥生後期、古墳時代前期後半まで継続するが、古墳時代後期後葉まで空白期が存在する。その後古墳時代終末期、奈良・平安時代(9世紀初頭)まで区域と墳形が変遷しながら、墓域として存続する。再度の空白期を経て、中世後期段階に台地整形を伴う墓域が形成される。
市原台地でも屈指の密度と継続期間を示す造墓活動は、当地の土地利用の性格を色濃く反映したものとして特徴付けられる。また、本遺跡は、弥生時代終末期後半とされる神門墳丘墓群と、その被葬者の母村と位置づけられる中台遺跡とは、小谷を挟んで対向する位置関係にあり、神門墳丘墓群造営のあり方を考える上で、比較資料として重要な位置を占める。

32.市原市海保地区遺跡群2

2015年
海保広作遺跡
旧石器時代では、礫群を含む遺物集中ブロックを検出し、多数の石器製作や使用の痕跡を確認した。
縄文時代では、早期後葉と前期後葉の集落と遺物包含層を検出した。特に縄文前期の浮島から興津式期の集落は、小規模ながら今回の調査範囲内で完結しており、当該期の集落の様子を示すものとみられる。 遺構、遺物の在り方から、短期居住的集落と推定される。
古墳時代の集落や古墳は、海保地区遺跡群の他の遺跡では多数発見されているが、本遺跡内では古墳時代前期の方形周溝墓1基を検出したのみである。奈良・平安時代以降では、遺跡東端で長大な溝を検出した。これらの覆土中堆積物の分析結果等から、牛馬の放牧に関わる遺構と推定した。

33.市原市稲荷台遺跡L1・L4地点

2015年

  • 稲荷台遺跡(L1地点)
    弥生時代後期から古墳時代前期の集落と平安時代の集落、中世のピット群、溝など。出土遺物では、平安時代の緑釉陶器把手付坏が類例のない優品である。
  • 稲荷台遺跡(L4地点)
    性格は不明だが中世とみられる大型の土坑がある。

34.平成26年度市原市内遺跡

2015年

  • 大厩遺跡群(一心原句地区第2地点)
    今回調査区から南東40~100メートルに平成4年度調査の大厩鍛冶屋前台遺跡があり、弥生時代から古墳時代の竪穴建物跡が32棟検出されている。近接することから、今回調査区は大厩遺跡群の北辺に当たり、かつ当該期遺構群の北辺部と考えられる。
  • 姉崎二子塚古墳
    調査区内全域にわたり、姉崎二子塚古墳の周溝が存在しており、墳丘側周溝内から円筒埴輪片の出土が認められた。
  • 六孫王原遺跡(G区)
    調査区西側において、方形周溝墓が確認された。墓域の東端と考えられる。
  • 山倉前畑遺跡(第2-2地点)
    弥生時代終末期から古墳時代前期の竪穴建物跡を検出した。
  • 郡本遺跡群(第22次)
    調査区内全域にわたり、平安時代の竪穴建物跡を検出した。
  • 市原城跡(門前地区第3地点)
    周辺調査では検出例の少ない古墳時代終末期の遺構を検出した。
  • 稲荷台遺跡(L5地点)
    平成18年度市内遺跡調査において、確認調査を実施している。
  • 稲荷台遺跡(L6地点)
    奈良・平安時代竪穴建物跡では、永田・不入窯産の須恵器が多数検出され、被熱した布目瓦片も多数出土している。
  • 稲荷台遺跡(L7地点)
    宅地面から遺構確認面まで1メートル前後あり、盛土造成されている。

35.市原市六孫王原遺跡G区

2016年
六孫王原遺跡既調査地点東部にあたるG区を調査した。検出した遺構は、弥生時代後期から終末期の竪穴建物跡と方形周溝墓、古墳時代中期の円墳及び中世の道路状遺構などである。弥生時代後期から終末期の拡張した方形周溝墓の検出や土壙墓から出土した鉄鎌と螺旋状鉄釧は注目される。先に調査した隣接するB・C・D区と同様な遺構がG区まで延びていることが判明した。

36.上総国分僧寺跡2

2016年
本文・写真図版がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
天平13年(741)の聖武天皇の詔によって全国に建立された国立寺院のひとつで、創建期軒瓦には平城宮系の文様が用いられた。
中心伽藍を除く遺構出土瓦はいずれも2次利用であるが、軒瓦の笵傷進行及び技法変化に基づく段階設定と、出土遺構時期との対応から、 各瓦窯との時系列的関係が明らかとなり、神門・南田ともに補修期の瓦窯であることが判明した。
創建期軒瓦は平城宮6225-6691型式を忠実に模倣しており、都との強いつながりが考えられる。
補修期には軒丸瓦が重圏文系に切り替わるが、軒平瓦は平城宮6691型式系の瓦笵が使い続けられ、文様の斉一性が図られなかった可能性がある。
大規模補修の契機は、9世紀前葉以降に頻発する地震等の自然災害や俘囚の反乱等の騒乱が考えられるが、9世紀中葉の火災以降、瓦窯の再操業や建物の刷新は断念され、再利用により残存建物の瓦葺きを維持し、次第に掘立柱建物へ変化したものと考えられる。

37.平成27年度市原市内遺跡

2016年

  • 椎津城跡(五霊台地区)
    調査区は椎津城跡の最南端部に当たり、中世の区画墓域が検出された。
  • 市原条里制遺跡(古市場川端地区)
    調査区は自然堤防上に位置し、中世後期から近世初頭の生活痕跡が検出された。
  • 海士遺跡群・蟻木城跡
    調査区は微高地上に位置し、激しく重複する古墳時代から奈良・平安時代の竪穴建物跡が検出された。
  • 姉崎台城跡
    調査区は千葉県指定史跡の姉崎天神山古墳に隣接する。円筒埴輪の出土から、周囲に埴輪を伴う古墳の存在が想定された。
  • 椎津向原遺跡(第3地点)
    調査区は台地縁辺部に位置し、台地中央部から広がる古墳時代後期の集落跡が確認された。

38.市原市稲荷台遺跡L8地点

2017年
弥生時代から平安時代にかけての竪穴住居跡等を検出した。灰釉・緑釉陶器や墨書土器等が多数出土した平安時代の遺構群は、国府関連遺跡と捉えられているE地点と時期的にも一致する。E地点では確認されなかった「二」と記された墨書土器が検出された。

39.平成28年度市原市内遺跡

2017年

  • 山新遺跡(永津前地区第2地点)
    遺構は未検出ながら、縄文時代中期、弥生時代後期、古墳時代前期の遺物が一定量出土した。
  • 椎津城跡(重要遺跡確認調査)
    主郭部の大部分が盛土造成によって構築されており、文献での永禄3(1560)年の椎津大普請を彷彿させる調査成果があった。
  • 市原城跡(門前地区第4地点)
    調査区全面が過去に削平を受け、遺構確認面がハードローム上面となる。
  • 能満分区遺跡群(上小貝塚地区第4地点)
    表土の厚さが20センチメートル前後と非常に浅く、遺構確認面まで耕作撹乱がある。
  • 諏訪台古墳群・諏訪台遺跡(第2地点)
    諏訪台古墳群10号墳隣接地に位置する。
  • 椎津向原遺跡(第4地点)
    推定久留里西往還から北西側に隣接する地点の調査。
  • 上境町遺跡(第2地点)
    養老川左岸河口部地域の微高地における竪穴住居跡の初検出例である。
  • 海保大塚遺跡(第2地点)
    海保大塚遺跡本調査部分の東隣接部と海保大塚古墳に挟まれた台地斜面に位置する。

40.市原市千草山遺跡第3地点

2017年
調査区は、市原台地新田川上流の支谷に挟まれた、南北に長い標高31メートル前後の舌状台地上に位置する。
古墳時代後期(6世紀末)の竪穴住居跡1棟(部分)の本調査を実施した。遺構に伴わない遺物は、縄文時代早期の撚糸文系の稲荷台式と、縄文時代中期の加曽利E式、弥生後期土器が少量出土した。
近隣の千草山廃寺関連の遺構、遺物は検出されなかった。

41.市原市台遺跡E地点

2017年
本文・写真図版がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
台遺跡は、東京湾に面した海岸平野を西に望む標高18~20メートル前後の台地上にあり、 E地点は、御林跡遺跡や根田遺跡を南に望む、台遺跡の北端に位置する。
調査では、上層に展開する西谷古墳群を除き、弥生時代中期の方形周溝墓や、弥生時代後期~古墳時代後期初頭までの竪穴建物跡及び中世の土坑墓などを検出した。また、古墳時代中期後葉~後期初頭の竪穴建物跡において、土器祭祀及び臼玉祭祀が行われたと考えられる遺構がそれぞれ検出された。北西部においては、中世戦国期における墓域が展開していたと考えられ、板碑や五輪塔などの石造物が出土している。

42.市原市山新遺跡・白塚出途遺跡

2018年
本文・写真図版がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。
姉崎二子塚古墳と同じ砂堆上に位置する古墳時代前期末から古墳時代中期前半を中心とした集落跡と古墳群。古墳群は中小規模の古墳で構成され、方墳から円墳への転換期に築造された可能性がある。発見された古墳群は、姉崎古墳群中での位置付けを意図して姉崎古墳群山新支群とした。有黒斑の櫛描文埴輪が出土。

43.平成29年度市原市内遺跡

2018年

  • 福増中ノ台遺跡
    大規模重複遺跡の武士遺跡に隣接し、弥生時代後期集落の広がりを確認した。
  • 姉崎台遺跡(第2地点)
    姉崎古墳群の範囲にある弥生時代から古墳時代の拠点的集落跡と見られる。
  • 郡本遺跡群(第23次)・市原古道遺跡
    調査区東側が近世以降に大きく削平を受け古道跡は検出されなかった。郡衙推定地と古代道路の関係については今後の課題となった。
  • 柏原遺跡群(第2地点)
    養老川河口地域の砂丘帯上に立地する。縄文時代後期中葉の遺物がまとまって凹地から検出され、縄文後期には生業拠点の存在したことが判明した。
  • 海保供養塚群・海保大塚遺跡(第3地点)
    遺跡整備のための重要遺跡確認調査。供養塚群のうち海保大塚と三山塚は古墳を改変したものであることが確認された。海保大塚下層古墳は直径が60メートルを超える大型円墳であり、古墳時代前期末から中期初頭に築造されたものと推定される。古墳群下層には弥生時代後期以降の竪穴建物跡が検出され、集落跡の広がりが想定できる。

44.市原市福増中ノ台遺跡

2018年
養老川中流右岸の沖積面を西に望む標高70メートル程度の台地上に位置する。縄文時代早期と考えられる炉穴や縄文時代後期~古墳時代前期までの竪穴建物跡等を検出した。
縄文時代後期の注口土器が完形で出土したほか、縄文時代晩期末葉を中心とした土器が出土しており、東に近接する武士遺跡を含めた晩期遺構の存在が想定される。

45.市原市棗塚遺跡

2019年
本文・写真図版がPDF、写真図版の一部(カラー)・歯牙三次元データ・遺物観察表等のデータ類がテキストファイル他の形式(.xls .csv .txt .pdfをフォルダで圧縮 zip形式)。
中世後期の集落遺跡。街道の両側に広がる土壙や在家群を確認した。遺物はバラエティーに富み、南伊勢系土器が多量に出土したほか、製革関連業を想起させる転用砥石や鍛冶工房なども検出している。梅毒や水頭症による病変骨の出土も加え、考古学的に都市的な様相が指摘できる。遺跡は13世紀末~14世紀中葉に成立し、14世紀後葉から高度成長を遂げ、16世紀第2四半期頃に都市的空間が消滅したと思われる。

46.平成30年度市原市内遺跡

2019年

  • 鬼子母神貝塚・姉崎台遺跡(第3地点)
    鬼子母神貝塚東端部の貝層を検出した。
  • 郡本遺跡群(第25次)
    稲荷台遺跡の北方に位置する地点の調査で奈良・平安時代の遺構群の分布を確認した。
  • 五霊台遺跡(第3地点)・椎津城跡
    椎津城跡に伴うと見られる中世の地山整形を確認した。
  • 祭り野遺跡(第3地点)
    弥生時代終末期から古墳時代前期の竪穴建物跡群を検出した。
  • 能満分区遺跡群(上小貝塚地区第5地点)
    縄文時代の遺物包含層と弥生時代終末期の竪穴建物跡を検出した。
  • 南岩崎遺跡群(寺後地区)
    弥生時代終末期の竪穴建物跡を検出した。
  • 海保供養塚群・海保大塚遺跡(第3地点)
    地中レーダ探査の結果、海保大塚古墳墳頂部に埋葬施設と見られる反応が確認された。

47.市原市祭り野遺跡(第3地点)

2019年
神崎川右岸の標高44メートル程度の舌状台地上に位置する。弥生時代後期~終末期の竪穴建物跡3棟、古墳時代前期の竪穴建物跡2棟等を検出した。
第1地点、第2地点から続く集落が、弥生時代後期後半から古墳時代前期後半の期間も営まれていたことが明らかになった。竪穴建物跡炉内覆土からガラス小玉が出土。

48.市原市南大広遺跡(C地区)

2020年
調査区は蕨手刀の埋納された基壇を伴う古代寺院跡であるB地区の北側にあたる。弥生時代と平安時代の竪穴建物跡、古墳時代終末期から奈良時代前半ごろの墓域を検出した。
B地区と時期的に一致する集落であることから、寺院の運営集落とみられる。

49.令和元年度市原市内遺跡

2020年

  • 上椎木遺跡(第4地点)
     縄文時代早期炉穴群の広がりを確認した。
  • 瀬又小滝遺跡(第2地点)
    縄文時代の土坑を確認した。
  • 大宮神社浅間塚
    塚構築土から近世陶磁器に共伴し近代磁器が出土。富士塚の築造年代は明治時代以降と判明した。
  • 南大広遺跡(C地区)
    調査区南側において、古墳時代終末期の方墳を確認した。
  • 稲荷台遺跡(O地点)
    弥生時代後期及び奈良・平安時代の竪穴建物跡を確認した。

50.市原市山新遺跡第2地点

2020年
養老川下流左岸の沖積低地浅谷部において、縄文時代後期から晩期の土器を主体とした総量3tに及ぶ遺物包含層を検出した。土器は晩期前葉に属するものが大半であるが、最下層から晩期中葉の土器も出土している。
さらに、晩期後葉から末葉の浮線文系土器や撚糸文が施文された深鉢形土器も出土した。 また、弥生時代中期後半の宮ノ台式期の竪穴建物跡を検出し、周辺から有孔磨製石鏃が出土した。
中世では、区画溝を伴った掘立柱建物跡が検出されるとともに、南伊勢系土器や鉄滓などが出土した。

51.市原市稲荷台遺跡O地点

2020年
稲荷台遺跡・稲荷台古墳群の北方にあたる。L地点の東側隣接地区の調査。
奈良・平安時代を中心とする竪穴建物跡や、平安時代と考えられる溝状遺構、中世前半期の可能性がある方形土坑を検出した。灰釉陶器片などが出土。

52.市原市稲荷台遺跡P地点

2021年
平安時代を中心とする竪穴建物跡や平安時代の掘立柱建物跡を検出した。 一部は鍛冶工房および関連建物と見られ、滓類や鍛造剥片などの製鉄関連遺物が出土した。

53.市原市牛久石奈坂1号墳・石奈坂遺跡

牛久石奈坂1号墳出土ダ龍鏡3Dデータ(ダウンロードを推奨)

2021年
本文・写真図版がPDF、データ類がテキストファイル他(.xls .csv .txtをフォルダで圧縮 zip形式)。鏡の三次元計測データ含む。
養老川中流域の段丘上に位置する、古墳時代中期後葉の直径約30メートルの円墳。 2基の主体部を確認。
主体部Aからは大刀、刀子、鉄鏃、鉄鎌、勾玉等のほか、古墳時代中期のダ龍鏡が出土。主体部Bからは鉄剣、鉄鏃、刀子、鉄斧、槍鉋、管玉のほか、金銅製三輪玉が鉄剣へ装着された状態で出土した。
下層からは古墳時代前期の竪穴建物群を検出。 同じ段丘上に位置する牛久古墳群と同時期であり、対応する居住地の可能性がある。

54.令和2年度市原市内遺跡

2021年

  • 郡本遺跡群(第25次)
    平安時代の竪穴建物跡が検出された。
  • 稲荷台遺跡(P地点)
    奈良から平安時代にかけての竪穴建物跡が多数検出された。手斧などの鉄製品が出土。稲荷台遺跡B地区に隣接する。
  • 稲荷台遺跡(Q地点)
    弥生時代後期、古墳時代前期の竪穴建物跡などが確認された。
  • 西野遺跡群(権現堂地区)
     奈良・平安時代から中世にかけての井戸状遺構3基、中世の井戸状遺構3基を検出した。中世陶器が出土。

55.令和3年度市原市内遺跡

2022年

  • 中台遺跡(第2次)
    隣接する上総国分僧寺に関連すると思われる、奈良・平安時代の竪穴建物群を確認した。
  • 中台遺跡(第3次)
    平安時代の竪穴建物跡を検出した。一部からは灰釉陶器・緑釉陶器が出土。
  • 中台遺跡(第4次)
    平安時代の竪穴建物跡を検出した。
  • 郡本遺跡群(第26次)
    奈良時代の竪穴建物跡などを検出した。
  • 郡本遺跡群(第27次)
    奈良・平安時代の竪穴建物跡を2棟検出した。
  • 郡本遺跡群(第28次)・市原城跡
    溝状遺構が確認された。
  • 勝間龍性院瓦窯跡
    新発見の古代瓦窯跡2基を確認した。
  • 小路前遺跡
    古墳時代後期の竪穴建物跡を検出した。
  • 千草山廃寺跡・千草山遺跡(第4地点)
    古墳時代後期の竪穴建物跡、中世の溝状遺構を検出した第3地点に隣接する。

56.市原市能満分区遺跡群(上小貝塚地区第6地点)・荻作宮ノ台遺跡・荻作館跡

2022年

  • 能満分区(のうまんぶんく)遺跡群(上小貝塚(かみこかいづか)地区第6地点):縄文時代の土坑・ピットから縄文時代中期~後期の土器・石器・土製品を検出。
  • 荻作宮ノ台(おぎさくみやのだい)遺跡・荻作館(おぎさくやかた)跡:弥生時代の方形周溝墓・土坑および古墳時代の竪穴建物跡・溝・土坑を検出。

57.市原市五所四反田遺跡

2023年

本文・写真図版がPDF、データ類がxlsx(フォルダ圧縮 zip形式)。鏡の3次元データ含む。

古墳時代中期後葉から後期初頭の溝より、多量の木製品が出土した。木製品は須恵器と共伴しており、良好な一括資料である。

奈良・平安時代では、東海道から郡本遺跡群をつなぐ、道路跡を検出した。

58.市原市天神台遺跡3

2023年

本文・写真図版がPDF、データ類がXLSX・CSV・TXT(フォルダ圧縮 zip形式)。小銅鐸の3次元データ含む。

弥生時代後期から終末期を主体とする集落跡。当該期の竪穴建物跡475棟が検出されている。多数出土した土器には、終末期のタタキ甕・受口状口縁甕等の外来系土器が含まれる。船の線刻画を持つ土器や小銅鐸も出土。
古墳時代中期以降、集落跡は途絶するが、古代に至り、国分寺成立期以前の竪穴建物跡と掘立柱建物跡が出現し、墓域と並行する土地利用が再開する。

59.市原市稲荷台遺跡(R地点)・市原古道遺跡

2023年
東京湾の旧海岸線から約3.5km内陸の標高約28mの台地上、
平安時代の公的施設と見られる建物群で知られる稲荷台遺跡東部区域に位置する。
古代道の推定経路上において道路跡1条を検出。
路面は5段階の使用時期が推定され、最下部硬化面出土の陶器片から、中世にも継続利用されていた可能性が高い。
道路東側から検出された平安時代竪穴建物跡からは、県内初例となる皇朝十二銭の延喜通宝(えんぎつうほう)が出土している。

60.令和4年度市原市内遺跡

  • 北六原(きたろくはら)遺跡
    平安時代(9世紀前半)の竪穴建物跡、奈良・平安時代の井戸状遺構、中世土坑を検出。灰釉陶器等が出土。
  • 中台(なかで)遺跡(第5次)
    弥生時代末~古墳時代前期(中台式~草刈1式)の溝・中世の道路状遺構・溝を検出。タタキ甕等が出土。
  • 郡本遺跡群(第29次)・市原城跡
    平安時代(11世紀後半)の竪穴建物跡を多数検出。その上層に11世紀後半~12世紀の整地層、中世~近世の整地層が確認された。須恵器・灰釉陶器・瓦等が出土。
  • 稲荷台遺跡(R地点)・市原古道遺跡
    南北方向に延びる道路等を検出。灰釉陶器・緑釉陶器等が出土。
  • 島原遺跡(第2次)
    古墳時代後期の竪穴建物跡・土坑、奈良時代の竪穴建物跡、中世土坑を検出。古墳時代の土師器・須恵器・鉄製品等が出土。
  • 能満(のうまん)遺跡群(上人塚(じょうにんづか)地点)
    中世~近世溝5条を検出。中世土器等が出土。
  • 仙台原(せんだいばら)遺跡
    中世の台地整形跡を検出。中世土器・陶器・鉄製品等が多数出土。

その他発掘調査報告書

市原市小鳥向遺跡4

2013年  国際文化財株式会社調査・報告
弥生時代後期の方形周溝墓や古墳時代後期の竪穴建物を遺跡内では初めて検出した。
また、これまでにも見つかっている中世の鋳造関連遺物の分布範囲が本調査区の東側へ広がることを確認した。

市原市海保地区遺跡群1

2014年  国際文化財株式会社調査・報告
3遺跡は、養老川下流域左岸の台地上に立地する。周辺には姉崎二子塚古墳や六孫王原古墳(終末期の前方後方墳)で著名な姉崎古墳群が位置する。

  • 海保西竹谷遺跡
    縄文時代、古墳時代~中・近世の遺構・遺物が認められた。古墳時代終末期では、方墳に前方部を付け足した前方後方墳や横穴式石室墳と推測される方墳などがあり、古墳の周辺で同時期の竪穴建物が確認された。奈良・平安時代では、台地縁辺を縦走もしくは平坦面を横断する長大な溝がある。近世では、塚の底面に納められた曲物から古寛永を中心とした多量の銭貨、数珠、毛髪が出土した。
  • 海保小谷作遺跡
    縄文時代~中・近世の遺構・遺物が認められた。弥生時代では、後期~終末期の竪穴建物、古墳時代では、中期および終末期の竪穴建物や円墳・方墳がある。
    特に中期の円墳SM005からは陶邑産須恵器が出土しており、高坏は、坏部内面に突帯が認められた。奈良・平安時代では、海保西竹谷遺跡と同様に台地縁辺を縦走する長大な溝がある。
  • 海保大塚遺跡
    縄文時代~奈良・平安時代の遺構・遺物が認められた。縄文時代では、中期初頭の竪穴建物、弥生時代では、後期~終末期の竪穴建物、古墳時代では、中期・終末期の古墳がある。
    奈良・平安時代では、海保西竹谷遺跡・海保小谷作遺跡と同様の長大な溝がある。

市原市海保地区遺跡群3

2018年  国際文化財株式会社調査・報告
海保大塚遺跡第2地点
弥生時代から中世の遺構・遺物が認められた。弥生時代後期~終末期の竪穴建物跡、古墳時代中期の円墳周溝が検出された。
奈良・平安時代では、海保西竹谷遺跡・海保小谷作遺跡と同様の長大な溝が認められた。中世火葬遺構も確認。

遺跡発表会要旨

市原市文化財センター遺跡発表会要旨

2005年 第20回市原市文化財センター遺跡発表会の発表要旨。弥生時代環濠集落がメインテーマ。

第1回市原市遺跡発表会要旨

2006年 第1回市原市遺跡発表会の発表要旨。テーマは弥生終末期の外来系土器。

第4回遺跡発表会 邪馬台国時代のいちはら

2016年 第4回遺跡発表会と特別展示のテーマ、「邪馬台国時代のいちはら」について。

この記事に関するお問い合わせ先

市原市埋蔵文化財調査センター

〒290-0011 千葉県市原市能満1489番地

電話:0436-41-9000
ファックス:0436-42-0133

メール:bunkazai-center@city.ichihara.lg.jp
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